生き辛そうな背中を見ていると、かつての自分を思い出す

生き辛そうだね…。

知人の女性を見ていて、感じる。

真面目で、人当たりもよく、よく気がついて、機転もきいて、くるくるよく働く。

仕事に子育てに、毎日頑張っている。

…だけど、なんだか辛そう。

ただ忙しいだけで、何も問題はなさそうに振る舞っているけれど、なんだか辛そう。

…そう感じるのは、かつての自分と似ているからかな。

一生懸命なのに、どこか周囲から浮いていて、でもその原因が自分では分からない。

有能だから頼りにはされるけれど、友達になってくれる人は少ない。(たぶんね)

自分の正しさに、自分自身が縛られている。

孤独

彼女の背中に沸々とたぎる怒りが見えるのは、私だけだろうか。

正当に評価されない自分に、いい加減な周囲に、誰も分かってくれない孤独感に、なんでよ!…と怒っているインナーチャイルドがいるような気がして。

なんで私だけが…と拗ねちゃった、内なる小さな子ども。

 

世界が敵だらけに見えるその感覚、実は私もよく分かる。

そしてそこからの抜け出し方も、知ってる。

…だけど、彼女は人前で泣かない。

自分の辛さや弱さを他人には見せない。

苦しいです…と口に出せる人に対しては、よく話を聞いて、目の前の現実にどう対処していくかを一緒に考えることができる。

なんなら潜在意識にすり込まれたビリーフを、書き変えていくことだって。

だけど辛さを必死で隠す人に、ねえねえ、相談に乗ろうか…とズカズカ踏み込んでいくことはできない。

 

私より20歳くらい若い彼女。

これから20年、延々と悩み苦しんで、何度も傷つきながら、世界への認識を変えていくことは、多分できると思う。

だけどその20年、もったいなくない?

自分の弱さに向き合うのはしんどいけれど、今、自分の思考の癖に気づき、感情の扱い方を変え、自分を縛る仮面を外し、本来のあるべき自分に戻っていけば、20年待たなくても、ああ、私はここに居てもいいんだ、正しさで武装しなくても大切な価値ある存在なんだ、世界は私を攻撃しているわけではなかったと、思えるようになる。

そうしたら生きることがラクになる。

なんとかなるさ~~~と、笑っていられる日が増える。

失敗や過ちや間違いを赦せるようになるから、自分も周りの人たちもリラックスできる。

孤独

私の苦い経験から、そのプロセスを伝えることはできる。

時間がかかる意識改革を短縮することはできる。

多分一人では難しい自己肯定感の再構築に、寄り添うことはできる。

 

…だけど、それは余計なお世話というもの。

 

求められてもいないのに、こちらから手を出すことはできない。

彼女を見ていると、かつての自分を見ているよう。

あまりにも痛々しくて、手助けしてあげたくなっちゃう。

だけど、手も口も出さず、じっと見守るしかできない。

もどかしくて、切なくて、自分が無力だなぁ…と感じる5月の朝。

 

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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