今年最初のクレマチスがふんわりと開いた朝、私は東京行きの新幹線に乗った。
ほんの一滴だけクリーム色を垂らしたような淡い白、その清々しさと潔さに背中を押されて。
この日は、3週間前に受けた試験の合否発表だった。
受かったのか、落ちたのか、自分では全く分からなかった。
合格ラインは、1000点満点中の700点。
事前提出の膨大なレポート類は、まあまあよかったと思うが、如何せん実技がボロボロだった。
2日にわたって行われた実技試験、自分でも相当まずかったと思っていたが、講評もダメ出しのてんこ盛り。
実技の配点が大きいので、これはもう無理だと半ばあきらめていた。
ただ実技試験後に提出する振り返りレポートで挽回できることもあると聞き、録画や録音を何度も再生して、自分の至らなさをかみしめながら、全力で作成した。
その結果を、聞きに行くのだ。
まるで判決を待つ被告人の心境。
Zoomで参加することも考えた。…不合格を確かめるために、わざわざ新幹線で日帰り往復しなくても。
けれど私の受験をそばで見守っていた夫が、結果はどうあれ、2年間お世話になったんだから、きちんと挨拶しておいで…と、送り出してくれた。
夜には帰る。どんな報告を持って帰ろうとも、白いクレマチスは「そうなんだね」と受け止めてくれそうだ。
なんの試験を受けたのか
試験に先立つこと2年、私はLPL養成講座を受講した。
LPLとはラビングプレゼンスリーダーシップの略で、岡部明美さん(通称明美ちゃん)が主宰する7か月のコースだ。
LPLを一言で説明するのは、とても難しい。
心理学を学ぶ場でもあり、カウンセラー養成講座でもあり、感性や体感を取り戻す場でもあり、…ありていな言い方だが、社会を生き抜くうえで身に着けてしまった諸々の仮面や鎧を脱いで、本来の素の自分に戻っていく場。
なにかが起こった時に、いつも同じような反応をしてしまう。
ある傾向を持った人に、いつも同じような反応をしてしまう。
出来事や人の言動に対して、いつも同じような感情がわきあがる。
それは自動反応と呼ばれるもので、勝手に起こってしまうのだが、その反応が生きることを難しく、苦しく、辛くしている。
自動反応は、もともとは自分を守るためのものだった。
幼い時の不快な体験が生み出した、もう傷つかないための自衛策。
だけどもう自分はあの頃の無力な幼子ではない。
自分を守るための防衛反応が、今は生きることを苦しくしている。
だから無意識に着込んでしまった防衛反応の衣を、1枚1枚脱いでいこう。
重い衣で覆い隠してしまった、本来の無垢で純粋で喜びに満ちた感性を取り戻そう。
そうすれば人や社会が期待することではなく、自分の本当の望み、この命を燃やしてやりたいこと、使命・ミッションと呼ばれるものは、自ずと立ち現れてくるから。
レクチャーやセッションやワークや宿題や自主トレを通して、7か月間、自分に帰る旅をする。
私はこのコースを2年連続で受け、さらにもっと先まで行きたい、もっと学びたい、もっと知りたいという想いに突き動かされて、認定試験を受けようと思った。
試験の準備は3か月半
受験生となってから、受講生だったそれまでとは、スタンスが変わった。
試験日というデッドラインがある。
それまでに提出物を仕上げ、筆記試験用の知識を暗記し、実技の練習を重ねる。
試験の準備に費やした期間は3か月半。
その前から少しずつ始めてはいたけれど、講座の課題も忙しく、なんとなくリアリティがなかった。
だが3か月半の間は、寝ても覚めても、試験のことを考える日々。
受験生にありがちだが、気分の波も激しく上下した。
頑張ろうと気合を入れた次の日には、なんでこんなことしているんだろう…と凹む。
集中力と暗記力の低下も顕著だった。
机に向かっても、いつの間にか違うことを考えていたり、頭がぼや~~っとしてきたり。
読んだり、書いたり、口に出したり、歌にしたり、語呂合わせにしたり、様々な方法で覚えようとしても、記憶に定着せずに、跡形もなく消えていく。
カムバック、10代の頃の無敵な脳みそ!…な気分だった。
受験仲間は、全部で7名。
毎週、Zoomやリアルの自主トレで顔をあわせ、不安を分かち合い、支えあい、日を追うごとに絆が深まっていった。
いつの間にか、7名全員で合格したい…という共通認識が生まれ、誰一人欠けても、そんな未来は嫌だった。
これまで一匹狼的に生きてきた私にとって、こんな気持ちは馴染みが薄く、どこかほんわり暖かくて心強くもあり、大切に抱きしめていた。
ちかちゃんハウス(仮称)のためにも
先輩たちには、ここまでやっただけでも自分の頑張りを認めてあげて…と言われた。
確かに受験生になってからの学びは、受講生の頃とは比べ物にならないほど深度が増した。
それだけでも受験してよかったとは思うが、だからといって結果はどうでもいいわけではない。
LPLの2年間で、初めは影も形もなかった夢の輪郭が、少しずつはっきりしてきた。
私は地元金沢に、「ちかちゃんハウス(仮称)」を作りたいと朧気に思っていた。
そこで、夫の運営するクリニックのスタッフ面談や、彼女たちの人生を豊かにする研修やワークショップなどを企画・運営したかった。
私たちのクリニックは総勢10名の小さな職場だ。
だけど縁あって一緒に働くことになったスタッフを、最大限、大切にしたい。
スタッフの中には、私の子どもと同年代の人もいて、もう…なんていうか我が子みたいなものだから。
面談も無機質で雑然とした院長室ではなく、陽光が差し込む大きな窓のそばで、庭のお花を眺めながら、座り心地のよいソファで、美味しい紅茶でも淹れながら、業務の困りごとだけではなく、いろんな話をしたい。
どんな風に働きたいのか、どんな風に自己実現したいのか、どんな場に身を置きたいのか、なにが貴女の喜びなのか、なにを豊かさだと感じているのか、将来の夢を描けているのか…。
そんな話の中から、直接、業務に関係がなくても、より幸せに生きるための学ぶ機会や情報を提供したかった。
だけどそんなちかちゃんハウス(仮称)の概要が少しずつ変わってきた。
もちろんスタッフの利益になることを優先したいけれど、地域にも開かれた場にしたくなったのだ。
雪国の我慢強い女性たちが、ほっと肩の力を抜いて、自分に帰る場になれれば…と。
身体と心をトータルにケアできるクリニック…、それは私がずっとあこがれている岐阜の船戸クリニックにちょっと似ている。(規模は全然違うけれど)
LPLの認定試験に合格すれば、インターンとして訓練を受け、カウンセラーの経験を積むことができる。
私自身がもっと学びたい、もっと知りたい、もっと癒されたいのもあるが、カウンセラーとしての確かな力量は、ちかちゃんハウス(仮称)のためにも必要だ。
それに…ここまで絆を育んできた同期たちと、これで終わりになんてしたくないし。
涙なしでは語れない実技試験
実技試験は、90分のセラピーセッションを2本。
クライアントさんは当日まで、名前や背景はおろか、年齢も性別もわからない。
初対面の相手と信頼関係を築くところから始まって、傾聴やセラピーを経て、なんらかの着地点までもっていく。
試験官の明美ちゃんが、1メートルにも満たない距離で採点している。
想像しただけで、緊張で膝が震え喉がカラカラになるシチュエーションだ。
2年の学びを終えた時点でも、フルセッションの経験をほとんど積んでいない私たち。
3か月の短期間で、協力者を募り、セッションの練習をさせてもらった。
だが練習と本番は、緊張感が桁違いだ。
いつも通りにすればいいと頭では分かっていても、「ちゃんと」やって合格を勝ち取りたいという下心をぬぐえない。
1日目のセッション、落ち着いて臨んだつもりだったが、私は舞い上がっていたのだろう。
私と似た痛みを抱えたクライアントさんだったが、私はポイントをことごとく外す。
同じ経験をしてきた。
同じ痛みに苦しんできた。
同じ孤独とあきらめを感じている。
そう、誰よりも私が一番、共感できる人のはずなのに、相手の悲しさや怒りを真正面から受け止められない。
「もう諦めていますから…」と何度も言うが、それは思考の結論であって、心と体は納得していない。
言葉の端々に感情の片鱗が見え隠れしているのに、私は指の隙間から、ぽろぽろとこぼしてしまう。
いくつかのメソッドを試みて、一応90分の体面を保ったが、潜在意識の表面を少しなぞっただけのセッションに終わった。
きっとクライアントさんは、な~~んだ、やっぱりこんなもんか…と、がっかりして帰られたと思う。
そして私には、試験だし、緊張していたし、まだヒヨッコだし…なんてことはまったく忖度しない、厳しい講評が待っていた。
明美ちゃんは愛のある言葉で語ってくれたが、ダメ出しであることに変わりはない。
自分でももっともだと思いながら、じわっと涙がわいてきて、…やがて自分の意志では止められなくなった。
なんでこんなに泣けるんだろう。
悔しい…とはちょっと違うような気もする。
そういえば、私はいつも「だからあんたはダメなのよ」と言われていた。
今回も、やっぱりダメだったの…?
2日目の朝、心理的にしんどすぎて、もう棄権して帰ろうかなともチラッと思ったが、「最後まで諦めるな!」という夫のスラムダンクみたいなLINEで踏みとどまった。
結果を気にする必要がなくなったので(その時はそんな気持ちだった)、背伸びをしないで、今の自分ができることを、できる分だけやろう…そんな面持ちだった。
たぶん、それが逆によかった。
1日目よりはリラックスして、目の前の方に向き合えた気がする。
そして一度どこかで見ただけのメソッドを、なんと試験の本番で採用してしまった。
お話を聞く中で、そのメソッドが最適だと思ったが、ちゃんと学んだことはない。
いつも95%の勝算がなければ動かない私にしては、なんとも大胆な選択だった。(やけくそって、すごい!)
手順がよく分かっていないので、途中から違うメソッドも混ざったが、なにか勢いのようなものを私は感じていた。
正しいのか間違っているのか、判断できないけれど、このままいこう…みたいな。
そしてクライアントさんの口から、「私は〇〇になりたい」という言葉がポロリとこぼれ落ちた時、背中がぞわっとした。
私は誘導していない。
クライアントさんの中から、湧き上がってきた言葉(気持ち)だ。
「すべての答えは自分の中にある」…が、今の目の前で本当に起こっている。
自分の内側に眠っていた真実がふと顔を出す瞬間、そんな貴重で尊い瞬間に立ち会えた、この私が。
つづく
