これでいいのかどうかは分からない。
でもやり切った感はあった。
2日目の実技試験が終わったのが20時過ぎ。
打ち上げに参加して、試験中とは違う湾岸のホテルにチェックインしたのが23時半。
そのまま気絶するように眠った。
あくる朝、目が覚めてカーテンを開けると、海が見えた。
食欲はまるでなく、コーヒーを淹れて窓辺に座る。
朝陽を受けて、きらきら光る海を見ていたら、涙があふれてきた。
理由の分からない涙
なんで泣いているのだろう。
セッション記録の提出は残っているが、とりあえず試験は終わった。
たぶん、明美ちゃんの中で、もう合否は決まっているのだろう。
タイムマシンでもない限り、もうやり直すことはできない。
悔しいのかな。
情けないのかな。
恥ずかしいのかな。
LINEにメッセージが来た。
昨日、一緒に受験した同期Kからだった。

あんなに1日目に打ちのめされたのに、
2日目に立て直してきたchikaちゃんに、
こうやって生き延びてきたんだよね、っていうことを感じてた。
どうしようもなく辛いけど、その中で踏ん張って生きてきたのかなって。
辛い感情はどこかに押し込めて。
うん、確かにそう。
私はずっとこうやって生きてきた。
辛いことがあっても、いったん蓋をして、次に向かう。
いちいち傷ついたり、倒れたりなんかできない。
負けてはいけない、強くあらねばと、自分を律してきた。
そんなところが、透けて見えていたのかもしれない。
さすが苦楽を共にした仲間だけある。
同期Kは、認定試験はそうとう傷ついたとも言った。
きっと彼女も、今、泣いているのだろう。
傷ついた? 私は傷ついたのだろうか。
傷ついたと感じるのは、言葉や出来事にではなくて、私たちの自動反応もあると思った。
元々あった傷口に塩を塗られた…みたいな。
だから私は、もっと自分がセッションを受けるように言われたのだ。
外には見せないけれど、癒えない傷口をまだいくつも隠し持っているから。
必死で学んできたことは、無駄ではなかったなぁ。少し俯瞰して己を見られるようになっている。
同期Kの言葉は有難かった。
この悲しいような気持ちを、今この時、一緒に味わっている人がいると思うだけで、救われる。
帰りの新幹線のチケットは取っていない。
午前中に帰ることもできるが、チェックアウトは12時ギリギリまで伸ばすことにした。
脱力していて、すぐには動けそうになかった。
インナーチャイルドなのか
きれいな海を見ていても、ちっとも気持ちは晴れない。
ハラハラと涙が落ちつづけ、目はもうパンパンに腫れている。
こんな顔で、東京駅に行き、新幹線に乗るの、厭だなぁ。
何杯目かのコーヒーにそろそろ胃が痛くなってきた頃、止まらない涙の理由に思い当たった。
泣いているのは、もしかしたら、私ではないかもしれない。
私の中でずっと我慢していたインナーチャイルドなのかもしれない。
悲しくても、辛くても、不安でも、唇をぎゅっと引き結び、絶対涙を見せずに強がっていた子どもの私。
なぜ泣いたら負けだと思い込んだのか。
過酷な人間関係の中で生き延びるために、ずっと我慢し、耐え続けてきたインナーチャイルドが、ついに泣き出した…?
そっか、そっか、そっか、いっぱい泣きたかったよね。辛かったよね。よく頑張ったよね。
じゃあ、気が済むまで泣いていいよ。
どこかでサングラスを買うから、目のことなんか気にしないで、思いっきり泣いていいよ。
嗚咽が漏れた。
私は声をあげて泣くインナーチャイルドをただただ抱きしめて、そこにいた。
逐語記録を書きながら~GLになりたい理由
泣きつかれたインナーチャイルドを連れて、金沢に帰る。
自宅に着くと夫が「よく頑張ったな。お疲れさん」と迎えてくれた。
そうだよ、私はよく頑張ったんだよ。試験だけじゃなくて…。
もう涙腺がおかしくなっていて、すぐ泣きそうになる状態が3日ほど続いた。
だが泣いてばかりもいられない。
試験のセッション記録を書かなければ。
これは逐語記録といって、90分セッション内で交わされた全てのセリフを書き出し、そのひとつひとつを考察し、その時感じたこと、考えたこと、発した問いの理由などを記入する。
セリフの書き出しはAIに手伝ってもらうとしても、膨大な作業量だ。しかも提出期限は2週間後。
録画や録音を再生するのは、正直、しんどかった。
己の未熟さをこれでもか!…と目の当たりにさせられる。
ここも、そこも、あそこも、……足りないことだらけだ。
どうせ不合格なら、もう書く必要もないんじゃないかと思う。お得意の自虐モード全開だ。
1本目を書き上げた頃、先輩のkensukeさんのスーパーバイズを受けた。
逐語記録に慣れていないので、検閲してもらうのだ。
Zoom画面の向こうに現れたkensukeさんは、私の逐語に触れる前に、何度も訊かれた問いを、もう一度投げかけてきた。

chikaちゃんは、どうしてGL(グループリーダー)になりたいの?
えっと……。
GLとは、LPL講座の中で4~6人のグループを受け持つ班長みたいなもの。
受講生さんのための自主トレを開催し、受け持ち期間中の全サポートをする。
小マナと呼ばれるセッションも任務のひとつ。
認定試験を合格した人しかなれないが、インターンとして、受講生の時とはまた違う視点が得られ、何倍も深い学びがあると聞く。
認定試験を受けようと思った当初、私はGLを視野に入れていなかった。
とりあえず試験を受ける、それだけだった。
だが準備を進める中で、試験は目標ではあるけれど、通過点?…みたいな感じがしてきていた。
通過点のその先に、私の本当に欲しいものがあるような。
これまで散々訊かれたこの問いに、私はこんな風に答えていた、

13歳の時、父親が亡くなり、生活の基盤が危うくなった。
この先、私はどうなっちゃうんだろう…と、とてつもなく不安で怖かった。
だが周りの大人たちは、自分のことで精いっぱいで、私の不安や恐怖に気づいてくれなかった。
あの時、たった一人でいい、「大丈夫、貴女はこの先もちゃんと生きていけるし、ちゃんと大人になれる。幸せにもなれるし、愛する人たちとも出逢う。それはもうちゃんと決まっていることなの。未来なんて怖くないんだよ」と、【映画】すずめの戸締りで、17歳の鈴芽が4歳の自分にかけた言葉をくれる人がいたなら、私はあんなにも独りぼっちでなくてもよかったはず。
だから私は、傷ついている人に気がつける人になりたい。
その言葉に嘘はない。
嘘はないけれど、これはもしかしたら表面的な動機なのでは?
いっぱい泣いて、自分を守る分厚いバリアーに亀裂が入りまくりの今なら、もっと深いところに手が届くかもしれない。
私は探る、自分の腹の中を。果ての見えない深層心理に沈んでいる本当の理由を。
kennsukeさんがサポートしてくれた。
マインドフルネスの誘導から、私は自分のイメージの中に入っていく。
水の中。淡い光の中、泳いでいく。
目指しているのは、目の前にある黒い塊。
視界全体を覆うほど大きくて重たそうなのに、沈むわけではない。
塊に到達すると、私はその横をすり抜けて、下に潜り込む。
くるりと体を回転させて、塊を下から見上げる。
水の中だけれど息は苦しくないし、私は親指姫みたいなサイズ感だ。
塊に近づいて触ってみると、ぷにょぷにょしている。
少し力を加えても、手はめり込まない。

その黒い塊に触っている感覚が、相手に共感するということ。なんなら、ズボッと手を入れてしまってもいい。
すごく分りやすいと思った。
講評では、相手に共感できていない…と何度も指摘された。
共感とは、「分かります」とか「それは辛かったですね」とか、それっぽいセリフを口にすることではない。
相手の目で見て、耳で聴いて、心で感じるということ。
だけどそれは具体的にはどういうこと?
これをナチュラルにやる人がいて、コツを聞いてみたこともあるが、生まれ持った才能らしく、言葉では説明できないようだった。
Akemiちゃん曰く、私が相手に共感できないのは、自分の中の傷が癒されていないから。
相手の傷を察知しても、自分自身の傷がうずくから、怖くてそこに触れられないのだ…と。
試験の準備期間中に、心象風景を思い描く練習を幾度となく繰り返したが、私に必要だったのは練習ではなく、自分の闇と向き合うことだったと、ここまできてやっと気づく。
人は自分が癒されたところまでしか、相手を癒せない。
自分が越えたところまでしか、相手をサポートできない。
そうなんだよ、誰かを助ける前に、まずは自分なんだよ。
kensukeさんと一緒にイメージの海に潜り、私は自分の本心の尻尾を捕まえた。
GLにならなかったとしても、カウンセラーやセラピストにならなかったとしても、ちかちゃんハウスを作らなかったとしても、私は普通に、幸せに暮らしていける。
バラを愛で、美しい写真を撮って、日々の想いを文章に表わし、時々旅行をして、美味しいものを食べ、これからできるであろう孫の成長を見守り、小さな幸せを感じながら、平穏に余生を過ごすことはできる。
それも幸せと言えば幸せだ。
だけど、分かる。きっと最期の時、私は後悔することになる。
これまでの輪廻の中で、散々同じ事を繰り返してきたのに、ああ、やっぱり今世も、できなかった・・・と、がっかりしながら死んでいく。
生き切ったと胸を張って、還っていけない。
また心残りを、未練を残して、この世を去り、葛藤を抱えたまま生まれ変わる。
だけど、私は、もう、それはイヤなのだ。
長いこと求めてきたものの輪郭がやっと見えたのに、指の隙間からするりと取りこぼしてしまうのは、もうイヤなのだ。
今度こそ、しっかり掴みたい。
私がGLになりたい理由、それはすごく利己的だ。
自分がもっと学びたい。
自分がもっと自分を知りたい。
自分がもっと癒やされたい。
自分がもっとラクになりたい。
自分が本来の輝きを取り戻し、喜びとともに生き切りたい。
その上で、誰かの役に立てるとしたら、それもいい。
つづく
