「好きなことだけ」して生きていく/心屋仁之助

『好きなことだけして生きていく』というフレーズに、どんなイメージを抱くだろうか。

たいていの人は、好きなことだけして、どうやって食っていくんだ!…と思うのでは?

この社会のシステム上、私たちは何らかの労働なり貢献なりをして、その対価で生活を成り立たせている。

遊んで暮らして、お金が入ってくるわけがない。

自分の食い扶持は自分で稼ぐ…、それが大人の常識だ。

 

 

…でしょ?

 

ただ本書が言いたのは、食っていくことではない。

好きなことが仕事になり、十分な収入になれば、それに越したことはないが、そうでなくても、好きなことをやっていけない理由はひとつもないのだ。

心屋仁之助さんは、常日頃、頑張り教を辞めよう…と説いている。

頑張り教とは、頑張って、汗水たらして努力して、何らかの役に立つ存在にならないと、私には価値がない。だから人に認めてもらうために、居場所を得るために、嫌われないために、ただひたすらに頑張る…という信念のこと。

この信念は、たいてい幼い頃に、親によって植え付けられる。

私たちは親から受け継いだこの価値観を疑うこともせず、せっせと頑張り続けるのだ。

回し車に乗ったハムスターのように。

ハムスター

心屋さんの言いたいことは、頑張らなきゃ価値がない…という価値観をもう捨てちゃおう。

頑張らなくても、飛びぬけて優秀じゃなくても、自分はこの世にたった一人のかけがえのない存在だ。

自分、素晴らしーーー!って認めようよ…ということだと思う。

そして、素晴らしーーー!存在の自分だから、人に笑われようが、馬鹿にされようが、嫌われようが、そんなことは恐れずに、自分の好きなことをして人生を楽しもう!

できない言い訳ややらない言い訳が、後から後から湧いてくる。

それでも、言い訳を探している暇があったら、勇気を出して、バンジーのひとつも飛んでみようよ…と。

心屋仁之助

なるほど…と思ったのは、『価値=役に立つ』ではないというくだり。

以前の私は、便利な女(役に立つ女)を地でいっていた。

役に立つことが自分の存在価値そのものだったので、自分を殺して、本当は嫌だと思っていても、相手にあわせ、相手の喜びそうなことを言い、相手の望みそうなことをしようと頑張った。

結果、どうなったかって?

誰も幸せにならなかった。

私も疲れ果てたが、相手は私の頑張りに気付くこともなく、文句ブーブー、不機嫌をぶつけてきた。

便利な女に徹したのは、私の自己価値が低かったからで、私自身がたいして価値がないと思っている自分のことを、他人が大切にしてくれるわけがない。

まるで「これは全く価値のないお茶碗で、私は断捨離しようと思っているのですが、貴方は床の間に飾って、末代までも大切に扱ってくださいね」と強要しているようなもの。

笑っちゃうよね…。

でも渦中にいる時は、こんなシンプルなことも、見えなくなってしまう。

自分が自分を認めさえすれば、他人からの評価はどうでもよくなる。

自分の価値を、証明する必要もなくなる。

つまりは、誰に遠慮することなく、自分の心が喜ぶことをして生きていこう、たとえそれが社会的に全然立派なことじゃなくても…ってことかな。

好きなことだけして生きていく

本書は立花B塾レベル1第2講の課題図書。

この本が課題だと知った時、しまったーーーー!と思った。

なぜなら、私は以前この本を断捨離してしまっていたから。

内容を覚えていないので、もう一度、購入しなければならない。

「断捨離して後悔したことはありますか?」とこれまでに何度も聞かれた。

「そりゃ、人間だもの、間違いもある。後悔したことはあるけれど、それが何だったか、思い出せないくらいのモノばかり。」と答えていた。

思い出せるモノのひとつだな、これは。

…でも文庫版が出ているので、680円でまかなえる後悔だ。

こんな後悔は、実は後悔のうちには入らない…と私は思う。

 

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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