【パーフェクト・デイズ】で、役所広司が2024年日本アカデミー賞の主演男優賞を受賞した。
「受賞作だし観ておかなくちゃ」・・・と出かけた映画館だったが、帰る時には「観ておいてよかった」に変わっていた。
【パーフェクトデイズ】のストーリー
朝、竹箒で道路を掃除する音で、平山(役所広司)は目を覚ます。
ぱっと起き上がり、洗面、歯磨き、ヒゲの手入れをすると、作業着に着替えて、玄関脇の棚から財布や鍵などをポケットに入れ、アパートのドアを開ける。
眩しそうに見上げる先にはスカイツリー。
自販機で缶コーヒーを買うと、老朽化したアパートに横付けした青いバンのエンジンをかける。
早朝の東京の街を走る。車内のBGMは洒落た洋楽。
向かった先は、公衆トイレ。
平山は公衆トイレの掃除人だ。
他人が汚したトイレを、丁寧に掃除をする。
掃除中に利用者がくれば、そっと抜け出して外で待つ。
口数は少ないが、礼儀正しい。
仕事が終われば、自転車で銭湯へ行き、一風呂浴びて、地下の居酒屋で飲みながら食事。
夜は布団に寝転がって、静かに本を読む。
夜更かしはせず、時間がくればスタンドを消して、就寝。
そして翌朝、竹箒の音で目を覚ます。
昨日と同じように身支度をして、缶コーヒーを買って、職場に向かう。
そうやって平山の日常がただ淡々と何度も繰り返される。
なにか起こるのか、今日こそはなにか事件かハプニングが・・・という期待は、見事に裏切られる。
まるで平山のドキュメンタリーだ。
NHKのドキュメント72時間を思わせる。
ただ私たちの日常と同じで、ちょこちょこと小さな変化はある。
だがそれが何か次の事への呼び水になるわけでもない。
物語には欠かせない、起承転結はない。
【パーフェクトデイズ】の見どころ
見どころなんてあるのか・・・と思っちゃうが、これがなんとも摩訶不思議なことに、ただただ平山の日常を追っかけているだけなのに、退屈しない。
なんでだろう・・・。
平山は世界を股に掛けるビジネスマンでも、敏腕刑事から逃げ続ける犯罪者でも、謎解きに挑む探偵でもない。
普通の真面目なオジサンだ。
そのオジサンが、毎日、毎日、トイレを掃除する。
同僚のタカシ(柄本時生)は、なんでそんなに一生懸命トイレを磨くのか・・・と問うが、平山は薄く微笑むだけで答えない。
時々目をあわせるホームレスや公園で隣のベンチに座るOLや居酒屋で絡んでくる客など、平山に関わってくる人間はいるが、関わってくるだけで、そこから何かが生まれるとか、発展するとかはない。
そのうち朝が来ると、お・・・次は歯を磨くな、缶コーヒーを買うなと予測して、その通りになると、観客がなぜか安心するという、意味不明な現象が起こり出す。
そしてほんの僅かな変化に、おおお!・・・と感激するのだ。
私たちの日常は、映画やドラマと違って、ほぼ同じことの繰り返し。
日々、小さな違いはあっても、リピートの連続だ。
もしかしたら”変わらない”ということに、人は安心を見いだすのかもしれない。
ある日、タカシが突然、電話一本で辞め、平山は2人分の仕事を1人でこなすことになる。
夜になっても仕事が終わらず、銭湯にも居酒屋にも行けない。
「こんなこと、毎日はできませんよ!」と声を荒げる平山。
ずっと穏やかな笑みを湛え、ほとんど喋らずにいた彼の怒声に、観ている方がついに何かが起こる!・・・と手に汗にぎるのだが、翌日には補充の人員が来て終わり。
また普通の日常が淡々と続く、124分、エンドロールまで。
ビム・ベンダース監督は、普通の人の日常の変わらなさを描きたかったのかもしれない。
ちなみに英語のタイトルは”Days of Hirayama”だ。
【平山の日常】だなんて、なんのひねりもないね。😅
ドイツ人監督が描く東京下町の暮らし
役者はオール日本人、舞台も東京、言語も日本語、なのに監督はドイツ人。
聞くところによるとベンダーズ監督は、来日した際、東京のトイレのきれいさに驚いたとか。
そこから構想を得たのだろうか。
ドイツ人の監督の目に、東京の下町はどんな風に映ったのか。
そこに暮らす、慎ましくも逞しい人々を、どう捉えていたのか。
銭湯や地下の居酒屋、そこにたむろする酔っ払いに、何を見ていたのか。
スカイツリーと老朽化したアパートの対比で、何を訴えたかったのか。
・・・直接作品には関係ないけれど、現場は何語が飛び交っていたのか、ちょっと気になる。
CHIKAKOの感想
不思議な映画だった。
繰り返される平山の日常。1日の仕事を終えて、夜、寝転がって本を読み、眠る。そして朝が来ると、全てがリセットされたが如く、新しい1日がスタートする。
それは他の人にとっても同じことだが、わざわざそれを切り取って、映画にして、不特定多数が鑑賞し、なんとも言えない余韻に浸る。・・・そしてその余韻が、どこか心地いい。
日常は変わり映えのしないルーティンの繰り返しに思えるけれど、そんな暮らしの中に、平山は小さな喜びを見いだしている。
たとえば、早朝に見上げるスカイツリー、車内でかけるBGM、古本屋の店員の博識、迷子の子どもの手の柔らかさ、行きつけのスナックのママの歌(たぶんママに思いを寄せている)、仕事終わりのいつもの1杯、一番風呂、・・・そんな小さな喜びをひとつひとつ大切にして、それをパーフェクトデイズと呼ぶ。
しあわせとは、いつかなるものではなく、今感じるもの。
小さな喜びを拾い集めていくと、人生にはしあわせの種がいっぱい散らばっていることに、私たちはある日、気づく。
それが平凡でありふれた日常であっても、そこに満足を見いだせれば、人はけっこうしあわせなのだ・・・と、平山の穏やかな表情が語りかけてくる。
役所広司は本作品で2023年カンヌ国際映画祭の男優賞、ジム・ベンダー監督は2024年日本アカデミー賞で最優秀監督賞を受賞、本作は第96回アカデミー賞で、国際長編映画賞にノミネートされた。おめでとうございます。