私の母は80代、お姫様みたいな恰好が好きだ。
花柄のワンピースにカラフルなバレエシューズが普段着で、一緒に食事に行った際、チャイナドレスで登場したこともある。
髪はふんわりしたお団子だったり、ポニーテールだったり。
娘の私より、よっぽどお洒落で可愛い。
出不精な私には信じられないくらい、様々なイベントに嬉々として出かけていく。
美術展やワインの会や踊り流しにテーブルコーディネイト講座。
私の方がいつも引っ張り出される。
そんなお洒落で元気な母だったが、最近アレッと思うことが増えた。
まず足腰が弱ってきた。
自宅から1キロほどの美術館まで歩いていって、中のガラス張りのティールームで一服し、また歩いて帰ってくるのが好きだったのに、ある日、帰り道でへばってしまった。
行きは歩いて、帰りはフラットバス…なんてこともやったが、そのうち往路だけでも歩くのがしんどくなった。
デパートも大好きだったのに、歩けないので、足が遠のく。
その頃、母の歩幅が極端に狭くなったと私は感じた。
やがて弟がプレゼントしたステッキが必需品となる。
外に出るのが億劫になり、行動範囲がみるみる狭くなっていく。
そして血液検査の数値が、年々悪くなる。
食事制限や服薬でコントロールしても、現状維持がせいぜいで、改善は見込めない。
治療しても、治療しても、すぐ歯に不具合が出る。
…そう、母は日々老いているのだ。
ゆっくりと、着実に。
エントロピーという言葉を知ったのは高校生の頃だったろうか。
生まれ落ちたその瞬間から、人は老いへと向かうのだ。
あまり見たくはないその現実を、やがて来るであろう老いの日を、身をもって子に見せる。
そして人の持ち時間が永遠ではないことを教える。
老いを見せる…、それは親の最後の仕事なのかもしれない。
私たちは何百世代にもわたって、そうやって老いを学できた。
なんとも切ないことだけれど。
お母さん、老いゆく姿も、私はちゃんと見ておくね…。でもできるだけ、ゆっくりお願いね。