夫の墓には入りません/垣谷美雨著 結婚における家との結びつきとは、何なのか?

なんともまあ、衝撃的なタイトルだが、さらに呆れるのは、私がこの本を読んだのが、ハワイだということ。

心が洗われる島に行くのに、なんとも不似合な本を選んだものだ。

垣谷美雨さんと原田マハさんの本は、今の私によく響く。

Chikakoのブックレビュー ⇒ ☆垣谷美雨著 後悔病棟

 

本書”夫の墓には入りません”は、主人公の夏葉子が、未亡人になったところから始まる。

若くして夫が死んだというのに、夏葉子はあまり悲しくない。

それどころか、これで妻&嫁という立場から自由になったと、解放感さえ感じる。

夫のことは、そんなに愛していなかった…。

夫も同じだろう。

舅と姑には優しくしてもらったので、文句はないが、夫がいなくなれば、繋がりもなくなる。

夏葉子が夫の出身地、長崎に留まる理由は何もないのだ。

夫の墓には入りません

ただ彼女は、丘の上に立つ、海を臨める小さな家が、とても気に入っていた。

東京の実家との関係もそんなによくはないし、長崎にはタウン誌のライターという好きな仕事もある。

家のローンは 団信に加入していたので、夫の死でチャラになり、自分一人が食べていくのに、困ることはないだろう。

ライターをしながら、大好きな家で、好きな花でも植えながら、ゆったり自由に暮らしていこう…、そう思っていた。

ところが!

夏葉子の思惑とは裏腹に、彼女の生活にズカズカと入り込んでくる人たちがいた。

まず夫の実家が、べったりのしかかってくる。

最愛の一人息子を失った姑は、ことあるごとに訪ねてくる。

息子が建てた家、息子の思い出が残る家、息子の匂いがする家。

仏壇があるので、お参りしたいと言われれば、拒否もできない。

仕事から疲れて帰ってくると、姑が合鍵で家に上がり込んでいる。

息子亡き後は、嫁が親の面倒を見るのが当たり前。

東京育ちの夏葉子と舅姑の常識は、ことごとくすれ違う。

嫁という立場からフリーになったと思っていたのは、実は夏葉子だけで、周囲は容赦なく彼女を囲い込み、見えない常識の網でからめとっていく。

それなのに、はっきりNOと言えな夏葉子。

加速度的に増すストレス。

そこに変な女が乗り込んでくる。

妻が見ているのに、夫の仏壇の前で、ハンカチを握りしめて、涙ぐむ…って、あんたは一体なに?

死んでなお自分を苦しめる夫に、ますます愛想を尽かす夏葉子の前に、夫とは正反対なタイプの自由な男が現れる。

そして…。

夫の墓には入りません

夫の死後も、嫁がずっと嫁で居続けたかつての日本は、そんなに遠い昔ではない。

私の母も夏葉子と同じで40歳で未亡人となったが、80代になった今でも、夫の姓を名乗っている。

夫の死後、母にとっても姑にとっても、嫁をやめるという選択肢はなかったようだ。

自分が結婚した相手はもういないというのに、当然のように同居が始まり、その後30年にわたって、姑の世話をして、介護をして、見送った。

険悪な関係をウツウツと続けながら。

幼い子ども二人を抱え、経済的な問題もあったと思うが、それは決して幸せな関係ではなかった。

夫の墓には入りません

でもそんな家の在り方は、変わってきている。

嫁が家を背負うのは当然と思う親世代と、自分の幸せが優先な嫁世代。

ふたつの異なる常識がぶつかる。

全てのケースに当てはまる、みんなが納得する答えなんてない。

それぞれの関係に、それぞれの解決法がある。

ぶつかりあって、ちょうどいい落としどころを見つければそれでいい。

婚姻関係を解消し、自分の生活を大切にしながらも、相手のことをバッサリ切り捨てない、夏葉子の出した結論は、生ぬるいという人もいるかもしれないけれど、私には心地よい。

お互いに依存せず、コントロールせず、尊重しあって、生きていけたらいいと思う。

そのためには、老いも若きも、まず自分が自立していることが大切になる。

自立した人間と人間が紡ぐ関係性は、風通しがよく、無理のない関係。

そんな風に変化していけたら、いいな…。

寄り添う心

本書は「嫁をやめる日」を改題したもの。

登場人物がしゃべる長崎弁の響きが、なんともコミカルで可愛らしくさえ感じる。

夏葉子の人生逆転劇を、ぜひ!

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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