とんでもない本を読んじゃった!…という感がある。
娘が辻村深月の大ファンで、我が家には著書がいっぱいある。
…にも関わらず、若い子の本と勝手に決めつけて、これまで読んだことがなかった。
だけどたまたま手に取った1冊をちょっと読んでみたら…。
噛みあわない会話と、ある過去についての概要
この本は4編からなる短編集。
短編だからといって、軽いのか…と思うことなかれ。
4つのシチュエーションであぶり出される人間心理の、なんとエグいことか。
人がひた隠しにする優越感や差別意識が、実に巧みに描かれている。
人はみな対等で尊い存在…という美しい建前の裏に潜む、忌むべき感情。
本当は誰もが持っているけれど、見たくないものを、容赦なく白日の下に引きずり出す、そんな小説だ。
ナベちゃんの嫁
大学時代のコーラス部の同級生、ナベちゃんが結婚することになった。
女子が多いコーラス部で、ナベちゃんはちょっと特殊な存在だった。
男なのに、男扱いされず、女友達と同じ位置づけ。
そんなナベちゃんの嫁がヤバいらしい…と仲間内で噂になった。
嫁のヤバさを裏付けるエピソードの数々。
なんで我らがナベちゃんは、そんな女を選んだのか?
彼女をこき下ろしながら、佐和は気づくのだ、ナベちゃんが本当に望んでいたものはなんだったのかに。
パッとしない子
国民的アイドルの高輪佑が、美穂の勤める小学校にやってくる。
母校を訪ねる番組のロケだ。
美穂は以前、佑の図工を指導したことがあり、弟の担任でもあった。
もう13年も前のことだから、佑は自分のことを覚えていないかもしれない。
佑の先生だったと知ると、相手はたいてい「どんな子どもだったんですか?」と聞いてくる。
「そうね、当時はあまりパッとしない、大人しい子だった」と答える美穂。
ロケの当日、佑は美穂と話がしたいと言い出した。
わあ、覚えていてくれたんだ…と舞い上がり気味の美穂。
だがとろけるようなスマイルを浮かべた佑の言葉に、美穂は冷や水を浴びせられる。
「先生、方々でぼくがパッとしない子だったって、言いふらしているんですか?」
そこから始まるのは、紛れもない復讐だ。
ママ・母
スミちゃんの引っ越しを手伝いに行って、成人式の写真を見つけたことから、不思議な話を聞かされる。
母親の独断的な言動や強引さに辟易していたスミちゃん。
愛情の名の下に覆い被せてくるコントロールとプレッシャー。
この人が継母だったらいいのに…と思っていた。
いったんは購入した藤色の振り袖、スミちゃんはとても気に入っていたのに、翌日には母親が勝手にクーリングオフ。
代わりにレンタルしたピンクの着物で成人式を迎えたが、嬉しくなかったので仏頂面をしていた。
ところが、見せてもらった写真には、藤色の振り袖を着て、微笑むスミちゃんが写っている。
確かにピンクの着物で成人式に出席したのに、いったいどうして?
早穂とゆかり
小学生の頃、ブスで運動神経も鈍く、出しゃばりで、嫌われ者だったゆかり。
そのゆかりが、教育問題の専門家として、メディアに露出するようになった。
ファッション誌に掲載された、マダム然としたゆかりは美しい。
そんなゆかりに、地方の情報誌の記者、早穂がインタビューをすることになった。
昔の同級生が取材に伺います…と書き送った企画書。
だがその一文から、とんでもない窮地に追い込まれる。
あの子、昔はどんくさくて、嫌われてたのよ…と、仲間内で笑っていた優越感をズバリ言い当てられ、立場を失う早穂。(おそらく仕事も失う)
どうしてゆかりは、完膚なきまでに早穂を叩き潰しにかかったのか?
Chikakoの感想
どのエピソードもそうだけれど、人の心の後ろ暗いところを、鋭く突いてくる。
「パッとしない子」と「早穂とゆかり」は、ある種の復讐劇だ。
立場が強い方は、自分の言動が相手に与えた影響の大きさを知らない。
だが立場が弱い方は、ものすごく傷ついたり、悔しかったりして、そのことを忘れない。
季節は巡り、互いの立場が逆転した時、かつての窮鼠は猫を噛むのだ。
しかも逃げられないシチュエーションに相手を追い込んで、いたぶるように弄ぶ。
あれぐらいのことを、そこまで根に持つ?
やった方にとっては取るに足らないことだったのに。
ここにきて初めて、自分がそこまで恨まれていたことを思い知らされる。
そして倍返しどころではない、復讐の餌食となるのだ。
読んでいて、心臓がバクバクした。
でも確かに鋭い真実を含んでいる。
加害者は忘れてしまっても、被害者はずっとずっと覚えている。
加害者にとってはジョークの延長であっても、被害者にとっては深い痛手となる。
いつまでも…、時が経っても癒やされることのない心の傷。
本当は被害者であり続けることを辞め、過去のこととして水に流せば、心の痛みからも解放されラクになるのだが、同じ痛みを味わわせてやりたい…と思ってしまうのも、また人間。
怖い…、だけど読まずにはいられない、そんな小説だった。
愛にあふれ、慈しみ深き、美しい心情を描く小説は、爽やかで気持ちがいいが、影の部分を影として著わす小説も、もちろん好き。