【ニュー・アース】エックハルト・トール著 第三章「エゴを乗り越えるために理解すべきこと」

第二章では、所有物や肉体や思考や在り方にまで同一化したがる、エゴの傾向を見てきた。

エゴは単一では存在できず、常に依存先を求めている。

では同一化は、どのようにして起こり、どう維持されて、なぜ手放せないのだろうか。

エゴは自分だけが正しいと思っている

 私たちが「私・I」だと思っているものは、実は自分ではない。

なにかに同一化して得た、偽りのアイデンティティだ。

エゴは「私」だけでは存在できないので、常に「他人・相手」を必要とする。

それも正しい「私」と、間違っている「相手」だ。

「私」が正しいことを証明できれば、エゴは優越感に浸ることだできる。

それは個人間でも、国家間でも同じで、相手を批判したり非難したりすると、自分が大きくて優れていると感じられる。

自分は正しいと勝ち誇れば、エゴの必要性は満たされ、相手を恨んだり非難したりすればするほど、さらに大きなエネルギーを得られる。

エゴは相手の過ちを見つけるのが大好きだが、それは誤解かもしれず、もしかしたら自分のエゴの投影である可能性もある。

相手の中に見るものは、たいてい自分の中にもあることを忘れない方がいい。

自分のエゴを克服する最大の方法は、相手のエゴに反応しないこと。

そして相手のエゴを相手自身と混同しないこと。

相手が(自分にとって)間違った言動をするのは、相手のエゴがそうしているのであって、相手そのものではないと認識する。

そうすると国家間の争いも、相手国の1人1人が間違っているわけではない、エゴの集団的な機能不全だと捉えることができる。

何かに不満を持った時、頭の中の不満を言いつのる声と自分を切り離して見ることができれば、エゴに飲み込まれない。

気づきとエゴは共存できないのだから。

比較

自分が正しいという想いはエゴを強化する。

第3章で繰り返し出てくるのが「比較」だ。

上か下か、勝ったか負けたか、正しいか間違っているか、エゴは相手と比較して、常に優位に立とうとする。

今風の言葉でいえば、マウンティング。

比較の上に自分の優位性を確認して安心する。

だが自分の方が正しい、優れている、上等だと証明したところで、それは一時的にプライドを満たすが、その満足感は長続きしないし、誰も幸せにならない。

そんなことをすれば相手の心は頑なになり、関係性は悪化する。

本当に望んでいたのは、そんなことではないはずだ。

個人間でも国家間でも構図は同じ

「正しいのは我々で、彼らは間違っている」

国家間、民族間、宗教間で紛争が起るのは、自分たちだけが正しいと考えるから。

自分たちに正義があるのと同じように、相手にも正義があることに想いが及ばない。

自分たちと違う真理が存在することを信じられない。

自分たちこそが正義で、善で、神で、相手は絶対悪。だから戦って倒さなければならない。

そんな構図が世界中で見受けられる。

テクノロジーがこれだけ発達しても、戦争や紛争はなくならない。

これは相手個人、つまり相本の本質ではなく、エゴが表面化しているにすぎないという認識が、いつまでたっても浸透しないから。

アフガニスタンで銃弾に倒れた中村哲先生は、「彼らは殺すために空を飛び、我々は生きるために地面を掘る」と仰った。

干ばつで苦しむアフガンの人々のために、医師である先生自ら重機を動かし、用水路を建設した。

水が引かれた荒れ地は緑を取り戻し、再び農業ができるようになり、75万人の命を救った。

もし殺すために空を飛ぶ人々が、その技術力やマンパワーや圧倒的物資を用水路建設に向けたなら、用水路の10本くらい、すぐに作れただろう。

多くの命を繋ぐ用水路建設に自分が貢献できたとすれば、それは両陣営に戦闘よりも遥に大きな喜びと生きる意味を魂にもたらすのではないか。

だけど人々にはそれができない。

エゴが「正しいのは自分で、相手が間違っている」と叫び続けるから。

平和よりも、自分が正しい方が価値があると、一歩も譲らないから。

エゴを越えていく

エゴはなくならない。だが越えていくことはできる。

エゴから解放されるために必要なのは、エゴに気づくことだけだ。

気づきとエゴは共存できない。

気づきとは今のこの瞬間に秘められた力で、「今に在ること」と表現できる。

「今・この瞬間」だけが、私たちをエゴから解放できる。

私たちの中にある「大いなる存在」、深い真の自分に繋がる時、私たちはエゴの支配下から脱出できる。

「大いなる存在」が自分の本質であり、「私(I)は在る」と感じられるようになる。

Chikakoの感想

相変わらず分かりにくい。

この章を3回読んで、苦し紛れにまとめてみたが、おそらく時が経ち、自分の成長が進むにつれて、理解の深さも解釈も変わっていくものと思われる。

AIに3章をひと言でまとめてもらった。

「エゴとは、内なる空白を埋めるために思考・役割・物語と同一化し続ける自動的なプロセスであり、気づきが入った瞬間にその回路は停止する」

そう、大切なのは気づいていること。

あ、今、エゴが発動しているな、この思考、この言動はエゴから発しているなと、その時々に気づいていくこと。

その気づいている意識こそが、【私・I】であり、エゴとは別物だから。

第4章・・・、読み進められるだろうか。頑張れ、私。

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Chikakoプロフィール

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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