夏だしなぁ…、海とかひまわりとかいいじゃない?
まず表紙絵に魅かれた。
帯には「ワケあって田舎暮らし」とある。
なるほど、ワケありなのか。
海が見える家のあらすじ
文哉は22歳。
大学を卒業して入社した企業は、ブラックだった。
ろくな研修もなく、入社初日からあてがわれたのは、クレーム対応。
返品や値引きに応じてはならず、相手が諦めるまで、ただひたすらに受話器を握りしめている…、そんな仕事だった。
ゴールデンウィーク明け、辞表をメールで送った。
その後、再就職もせず、なんとなくブラブラしている時、電話が鳴る。
「あんたの親父、亡くなったぞ。」
電話の相手は知らない男。
どこから電話をかけているのか?
文哉には分からない。
なぜなら、もう3年も父に会っていなかったから。
父がどこで何をしていたのか、何も知らない。
思えば生意気な息子だった。
「人生が面白くないなら、面白くなるようにすればいいじゃないか。
俺は、親父のような人生だけは送らない!」
これが最後の会話らしい会話。
父は怒るでもなく、「お前もそんな考えなのか…」と背を向けた。
東京から3時間。
千葉県南房総の海が見える家。
そこが父の終の棲家だった。
不動産会社の人事部長まで務めた父は、こんな寂しい場所で一体何をしていたのか。
父の家で遺品整理をしながら、文哉は生前の父の足跡を追う。
実は子どもは、親のことをよく知らない
故人の足跡をたどる話は、そんなに珍しくない。
知らなかったことが次々と明らかになり、こんなに真摯な人だったのかとか、こんなに愛されていたのかとか、後から気づいて後悔する話はよくある。
そんなありがちな設定の中で、徐々にくっきりしてくる父・芳雄の輪郭。
つまらない人生だと決めつけていたが、そんな父にも若き日があり、好きなことがあり、愛した人がいた。
確かに煌めいていた日々があったのだ。
だが離婚により、二人の子どもを引き取り、ままならない現実に折り合いをつけ、子育てしながら黙々と働き続けた。
その姿を、息子は「つまらない人生」と言う。
芳雄が南房総に取り戻しに行ったのは、なんだったのか。
親が好きだったものに触れてみる
文哉が父の家で見つけたもの…、それは自分の知らなかった父の姿。
世話好きで、情に厚く、人懐こい芳雄。
別荘の住人にも地元の人にも信頼され、両者を結びつける役割をなんなくこなす。
芳雄の家は、人が集まる場所となり、その真ん中に芳雄がいる。
疲れ果てたサラリーマンとは、まるで別人だった。
南房総で一人寂しく死んでいったと思っていたが、父はここで生きる意味を取り戻していたのだ。
そして文哉は、父がサーファーだったことを知る。
海を愛する、海の男。
父の残したサーフボードに乗ってみた。
いったい父はこのボードの上で、どんな風景を見ていたのか。
父の足跡をたどり、その人となりを知り、改めて父との繋がりを確認する、…これはそんな物語。
Chikakoの感想
文哉のことを、笑えない。
私は自分の親のことを、どこまで知っているだろうか。
どんな子ども時代を送り、どんなことを感じながら大人になり、どんな夢を叶え、また諦め、どんな風に現実に折り合いをつけて生きてきたのか。
母は終戦を満州で迎えた。
10歳前後の少女だった。
家財を全て置いて、家族とともに貨車で港へ向かった。
ぎゅうぎゅう詰めの貨車の中、わずかな隙間から光が入ってきた。
立ったままその光を見ていた…。
そして引き揚げ船に乗って、日本に帰ってきた。
そんなすごい経験をしているのに、私は詳しく聞いたこともない。
文哉親子に教えられた。
足跡をたどるのではなく、本人の口から直接聞いておこうと。
…まだ間に合ううちに。
海が見える家には続編もある。
果たして文哉は、父の家を売却して、この土地を離れるのか?