きみの友だち・重松清著

初めて読んだのは10年以上前。

その後、何度も断捨離の波にさらされた私の本棚から、出て行く候補に挙がったことは一度もない。

しょっちゅう読むわけではないけれど、なぜか手放せない、私にとっては特別な1冊。

それだけに、うまくレビューできるのか心もとないけれど。

 

これは短編連作と呼ぶのか、10の短編がゆるやかに重なりあって、ひとつの長編を形作っている。

つまり主人公が…たくさんいる。

主人公たち全員と、かかわりがあるのが、恵美ちゃん。

恵美ちゃんは、小学4年生の時、交通事故にあって、片足の神経を損傷した。

松葉杖がないと歩けない。

まだ子どもだった恵美ちゃんは、自分の不運を周囲のせいにして、当たり散らしてしまう。

お見舞いにきてくれた友人たちも、恵美ちゃんの態度に嫌気がさして、「恵美ちゃんって我儘だよね」と陰口をたたくようになる。

3ヶ月の入院を経て学校に戻った時、恵美ちゃんはクラスの中ではじかれる存在になっていた。

体育はいつも見学、登校も始業ぎりぎり、教室の移動は一番最後、遠足もバスでお留守番。

そんな恵美ちゃんと唯一テンポがあうのは、由香ちゃん。

生まれつき腎臓が悪く、入退院を繰り返してる。

運動神経も鈍く、成績もふるわず、なんの特技もないし、病気でむくんでいるからルックスもよくない。

居ても居なくても、みんなには何の影響もない…、そんな同級生。

クラス対抗の縄跳び大会をきっかけに、恵美ちゃんは由香ちゃんと一緒にいることが多くなる。

きみの友だち

恵美ちゃんは「みんな」が嫌いだ。

一人一人でいる時は個なのに、みんなの中の一人になった途端、個はなくなって、ただの右へ倣え集団を形成する。

それが嫌い…。

だから恵美ちゃんは、どこのグループにも属そうとしない。

ハブられていることを、気にもとめない。

嫌味を言われても、軽くスルー。

意地悪をされても、あっさりすり抜けていく。

ぽつんと一人でいても、別段寂しがる様子もなく、いつも空を眺めている。

「みんな」の中の誰か、…集団に属しているのに寂しい誰かは、そんな恵美ちゃんを遠巻きにしながら、実は羨ましいと思ったり、近づきたいと思ったり。

子どもの世界は、大人が思っている以上に陰湿だ。

そんな中で、彼らは小さい頭で精一杯の知恵を巡らし、想像以上に気を遣い、緊張しながら生きている。

この世界で居場所を見つけるには、嫌な奴と思われないためには、標的にならないためには、どうしたらいいんだろう…と。

お見舞いの千羽鶴を開いてみたら、中に呪いの言葉が書いてある。

誰にも嫌われたくないがために、八方美人のひょうきん者を演じざるを得ない。

小さい頃は仲良しで同等だったのに、成長するに従って、社会が人を測る物差しに気付き萎縮する。

自分になんの自信もないから、後輩の前で威張りちらす。

挫折を知らなかった子が、優秀なライバルの出現で、どす黒い想いにさいなまれる。

そんなエピソードの数々に、えぐられるような、切ないまでの残酷さが垣間見える。

でも、子ども達は、そんな社会で生きている。

…そして、子ども世界の話がこんなに響くのは、大人の社会もたいして変わらないからかもしれない。

子どもより上手に闇を隠す技を知っている分、さらに深く暗く複雑に。

きみの友だち

恵美ちゃんは、誰にも媚びない。

表面はとてもクールで不愛想で取っ付きにくいが、傷だらけになった誰かが近づいてきても、振り払わない。

そしてなによりも、「友だち」を定義しない。

由香ちゃんは由香ちゃんであって、「友だち」や「親友」という言葉で括れないから…と。

どこからが知人で、どこからが友だちで、どこからが親友なのか。

そんなことは、言葉で説明できるはずがない。

でも私たちは関係性をラベリングしたがる。

友だちや恋人のラベルを張ることで、ただただ安心したいのかもしれない。

移り変わる心と、関係性の変化や終焉から目をそらしたくて。

私はひとりぼっちじゃないと確認したくて。

きみの友だち

各章が始まる時、○○くん、今度は君の話をしよう…と語り手が言う。

語り手が誰なのかは、最終章で明かされるが、それが分かった時、心の底がじんわり温かくなるよ。

 

「友だち」について思いを巡らすことが多かったので、とてもタイムリーな再読だった。

 

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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