【コロナと潜水服】奥田英朗著

おお、もうコロナをテーマにした小説が!・・・と手に取った。

奥田英朗さんの本は、初めて。

どんな作家さんなんだろうと調べてみたら、とても多作な方で、空中ブランコ、イン・ザ・プール、ナオミとカナコ、真夜中のマーチ、オリンピックの身代金など、映画化・ドラマ化された小説もたくさんあった。

空中ブランコ・・・、読んでるやん、昔。

コロナと潜水服の概要

5編からなる短編集。

それぞれに繋がりはない。

収録されているのは、海の家、ファイトクラブ、占い師、コロナと潜水服、パンダに乗って。

ファイトクラブ

会社の早期退職勧告に応じなかったオジサン4人組は、本社から離れた工場へ追いやられる。

そこで与えらたのは警備の仕事。

だが工場にはプロの警備員がすでにいる。

つまり居ても居なくてもいい立場を、出社の度に思い知らされるのだ。

どんなに冷遇されても、退職したくない事情がそれぞれにある。

プライドを捨てて、ただ淡々と過ごす4人。

追い打ちをかけるように、支給されたパソコンを取り上げられ、夜勤勤務を課される。

それでも、辞めない!

ある日、工場横の倉庫をのぞいてみると、以前会社が抱えていた実業団チームの用具があった。

彼らの目を引いたのは、ボロボロのサンドバッグ。

あれを殴りつけたら、気持ちがよいだろう。

終業後、工場の梁にサンドバッグを吊るし、殴ってみる。

ヘボい音しか出ない。

そう、4人は全員、運動不足のお腹が出た40代なのだ。

そこに謎の老人が登場。

ボクシングを基礎から教えるという。

そんなつもりはなかった4人だが、他にすることもないし、グローブをはめてシャドーボクシングから。

2人組になってのスパークリングで、初めて血の通った人間を殴るという経験をする。

なんて野蛮な・・・と思っていた行為が、実は人間の本能を掻き立てることに気づく。

次第にのめり込んでいく4人。

だが謎のコーチの正体は、分からない。

年齢からして、工場で働くパートさんだろうか。

少しずつ体も引き締まり、張り合いも出てきた頃、工場に備品を狙った泥棒が入る。

夜勤の見回りで現場に居合わせた当直の2人。

相手は外国人らしく、武器を持っているかもしれない。

さあ、どうする。

応援を待っていたら、逃げられてしまう。

戦うのか?プロの警備員でもないのに。

ファイトクラブ

コロナと潜水服

渡辺康彦、35歳、会社員。

コロナ禍の中、自宅でテレワークの日々。

ある日、どうしても受けなければいけない研修に出かけ、コロナに感染したことを疑う。

検査をしたわけではないが、5歳の息子や妊娠中の妻にうつすわけにはいかない。

康彦は、自主的に隔離生活に入る。

寝室にこもり、食事はドアの前に置いてもらう。

だが出勤する妻の代わりに息子の世話をしなければならないし、トイレにも行かなければならない。

そこで妻に、防護服を調達してほしいと頼む。

だがどこに行っても防護服はおろか、雨合羽さえ、全て売り切れで手に入らなかった。

妻が代用品として古道具屋から買ってきたのが、潜水作業員が着る、すっぽり頭を覆う、宇宙服みたいな潜水服だった。

1日1時間、康彦は息子と散歩に出る。

5歳の子をずっと家に閉じ込めておくことはできないから。

たちまち好奇の目が向けられ、ついには不審者として通報までされてしまう。

潜水服姿の変な人として有名になり、写真を撮られたり、テレビ局が取材にきたり。

でも人の目なんて気にしていられない。

今はとにかく、家族を感染から守らなければ。

そんな風に必死な康彦をよそに、どこか妻はのんびりしている。

彼女にだって感染のリスクはあるのに、一体どうして涼しい顔をしていられるのか。

コロナと潜水服

占い師

浅野麻衣子はフリーアナウンサー。

恋人は1億円プレーヤーのプロ野球選手、田村勇樹。

長身と凜々しい顔立ちも相まって、勇樹はアイドル並みの人気を誇る。

キャーキャー騒ぐ女子を見て、麻衣子はほくそ笑む。

「私の彼だって知らないくせに。」

だが最近、勇樹がそっけない。

有名人だから、街中で堂々とデートはできないが、呼び出されるのは決まってホテル。

麻衣子は結婚を望んでいるが、勇樹にはそんな気はないんじゃないか・・・。

だって私はうだつの上がらないフリーアナウンサーで、たいした仕事もしていない。

一方勇樹はどんどん頭角を現し、メジャーを見据えているという噂も。

そしてそんな勇樹の周りには、それこそ才色兼備の女性がいっぱいいて、麻衣子のスペックではとても叶わない。

勇樹が目移りしても仕方がないのかも・・・と疑心暗鬼に陥る。

そんな時、社長が紹介してくれた占い師に、二人の未来を占ってもらう。

勇樹の成績が悪くなれば、また自分の所に帰ってくるかもしれない。

占い師は麻衣子の願いを叶えるという。

そして勇樹はスランプに陥った。

Chikakoの感想

どのエピソードも、テンポがよくて、読みやすい。

しかも設定が、その都度とても面白い。

感染予防のために潜水服を着るなんて、普通は思いつかない。

公園に潜水服の不審者と子ども。その光景を想像しただけで、笑える。

そしてなにかチクッと刺さる。

例えば【占い師】に登場する麻衣子が、勇樹と別れたくない理由は、もちろん好きだからではあるけれど、実は打算と計算のほうが大きい。

自分を値踏みし、相手を値踏みし、スペックで比べる。

絶対表に出してはいけない本音の部分を、容赦なくえぐり出す。

誰かと相対する時、そこに損得勘定は働いていないか。

1ミリもないと断言できるか。

相手への想いは、結局は自分への思いじゃないの?

そういう心の奥底に沈んでいるようなことが、実に軽快にさらっと表れてくる。

サスペンスではないのに、なかなかドキドキする短編集だった。

奥田英朗さんの本、もっと読んでみたい。

 

この記事を書いた人

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
詳しいプロフィールはこちら。