【インドラネット】桐野夏生著 旅慣れない男が、単身未知の国へ

インドラネットという言葉を知っていた。

インドラとは、インドラ神(帝釈天)のこと。

華厳仏教では、インドラ神の宮殿には網が張り巡らされていて、それをインドラネットと呼ぶ。

網の結び目に宝玉がつけられていて、互いを映しあう。

つまりひとつの宝玉が持つ情報は、全ての宝玉で共有される。

世界の多くのモノは、重重無尽に関わり合うことを表している。

これが地球を網の目のように覆うアカシックレコードと似ているというのだ。

インドラネットという言葉を知らなければ、この本を手に取らなかったかもしれない。

縁とは不思議なものだ。

アカシックレコード

【インドラネット】のあらすじ

高校の親友、野々宮空知の父親が亡くなった。

通夜に参列した八目晃は、参列者の少なさに驚くとともに、空知と二人の姉妹が外国で消息不明だと知らされる。

怪しげな理由を述べる姉妹の関係者に頼まれて、晃は3人を探しにカンボジアへ。

そこで有り金を盗まれたり、バイトをしたり、騙されたり、異国の常識に翻弄されたり、様々な経験をする。

怠惰で軟弱でなんでも人頼みの晃は、誰も信用できない中、自分の頭で考え、智恵を凝らし、徐々にたくましくなっていく。

そしてたどり着く3人の秘密。

美しすぎる空知と姉妹たち、高校時代はこの3人と仲良くできるだけで、鼻高々だった。

だが自分はなんと浅はかだったのだろう・・・。

親友だとと思っていたのに、空知の悲しみや苦しみを何も知らなかった。

なんとかして3人の役に立ちたい、今更だけど・・・。

ヒーローではない主人公

最初、晃は遊び半分だった。

依頼主から100万近い前金をもらったにも関わらず、あれこれ理由をつけてなかなか動き出さず、恫喝されてやっとパスポートを取りに行く始末。

空知探しにしても、適当にアンコールワットでも観光して、見つかりませんでした・・・で済ませようと思っていた。

そのつもりで、最初の宿泊地に選んだのが、カンボジア北西部のシェリムアップ。

アンコールワット観光の拠点だ。

カンボジア

だがそこで、現金30万円を盗まれて、途方に暮れる。

外国に行く時、多額の現金を持ち歩かないのは常識だ。

だが晃は無防備で、何も知らない。

平気で札束からタクシー代を払ったりする。

危なっかしくてしょうがない。

そして当然ながら、その代償を払う。

プノンペンでも、日本人社会のドン、木村にまんまと騙され、パスポートを取り上げられた上に、オレオレ詐欺の片棒を担がされる。

その騙されるくだりが、食事に吊られるとか・・・、間抜けなことこの上ない。

見ず知らずの自分に、食事と部屋を提供してくれるなんて、裏がある・・・などと思いもせずに、食っちゃ寝の生活を心から楽しんじゃっているのだから。

楽な方へ楽な方へ流れて、毎度、痛い目に遭い、やがて少しずつ社会というものを、生きるということを、学んでいく晃。

だらしがなくて、不甲斐ない、そんな晃は活路を見いだせるのか。

生き生きと描かれるカンボジアの情景

人捜しの旅なので、晃はカンボジア国内をあちこち移動する。

その道中や移動手段や風景や食べ物や人々の様子が、詳しく語られていて、行ったことのない国、カンボジアではあるけれど、まるで旅行記を読んでいるようだ。

雨によって大きさが変わるトンサップ湖。

ミルクコーヒーのような色の湖。

水上生活をする人々。

水没する前に、畳まれてなくなる商店。

湖上の追いかけっこ。

全ては金次第のやり取り。

私が触れたこともない世界が、そこにある。

カンボジア

またポルポト政権時代の悲惨さは、晃の世話をしてくれたお婆さんの体験として語られる。

生き延びるために、母親を置いて逃げた過去。

鉄条網の下の土を掘って、国境を越えたあの日。

辛酸をなめたお婆さんは、毎日、晃に料理を振る舞う。

遠慮もせずにガツガツ食べる晃を、うまいか?・・・と目を細めて見ている。

Chikakoの感想

別世界を疑似体験できるのが、小説の醍醐味だと思う。

晃の鈍さにはイライラさせられるが、一緒にカンボジア各地を旅している気分になった。

地雷地帯や著しく治安が悪い地域も出てくるが、桐野さんは取材に出向いたのだろうか。

資料だけで描けるとは思えない臨場感に、圧倒される。

この先私はカンボジアに行くことはないかもしれないが、小説を通して彼の国に触れることができる。

 

味方だと思っていた人が、実はわずかな金で晃を売ったり、とんでもない裏の顔があったり、この小説は騙しあいの連続だ。

その意外性に、してやられたり!な感じ。

結末は、私にはイマイチよく分からなかった。

なんでそうなったのか。

それでいいのか、晃?

お前も溺れるのか、晃?

これからどうするの、晃?

でも読者を宙ぶらりんにして、この後の展開を好きに想像させるのも、作者の意図かもしれない。

 

空知の父親は、生前子どもたちに、「お前たちはインドラネットの宝玉だ」と話していた。

お互いがお互いを映しあうということなのだろうか。

切っても切れない絆があると言いたかったのだろうか。

それにしては、3人の関係は希薄で、互いに連絡すらとっていない。

どうしてこのタイトルになったのかな?

晃が空知になりかわることを暗示しているのだろうか。

読後、いくつか疑問は残るが、それも余韻だと思えば、まあ、それもいいか。

この記事を書いた人

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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