親子で断捨離&夫婦で断捨離

天高く馬肥ゆる秋、いい季節だ。

母の家を片づけだして2週間。

埋立場に1回、焼却場に1回、ゴミを自己搬入した。

今日も埋立場に行く予定。

そうそう、焼却場の予約もまた取らなければ。

私の青空号は、後部座席をフルフラットにして大活躍中。

青空号とは?

私が実家で断捨離を始めると、たいてい母が横にくっついてくる。

捨てることに容赦のない娘を監視しているのかも・・・。😅

せっかくそばにいるので、取捨選択の判断をできるだけ本人にしてもらっている。

体力・気力が漲る若い人でも、要・不要の判断にはエネルギーを使う。

判断には、様々な要因が絡んでくる。

モノそのものの価値、使用頻度、痛み具合、今後の使用予定、執着の度合い、心残り、未来への不安などを、全部ひっくるめての総合判断。

大量のモノに対して、これをやるのは相当疲れる。

だから高齢者の場合、もう一人ではできない・・・と開き直ったほうがいい。

誰かのヘルプ、サポートが必要なのだ。

モノの山を前にすれば気力も萎えるが、誰かがそばにいて、これは?じゃあ、これは?・・・とひとつひとつ聞いてあげると、意外と判断が加速する場合もある。

埃だらけの書類を1枚見せられて、これは?と聞かれれば、YESかNOを決めやすい。

少し余分に時間はかかるが、自分で決めたとなれば、後のトラブルも回避できる。

プラスチックの書類ケースを1箱出してきて、その中からひとつずつ取り出して、これは?まだ要る?と聞いてみる。

それは20年前に行った観光地のパンフレットだったり、以前夢中になっていた短歌の下書きだったり、8年前の領収書だったり、美術館で買い求めた絵はがきだったり、1998年度版の手帳だったり。

山ではなく”ひとつ”にすることで、母は順次判断していった。

・・・そして、それにまつわる思い出話がもれなくついてくる。

短歌を投稿していたこととか、有名な先生に褒めていただいたこととか、貴女のことを詠んだ歌もあるのよとか、古いけれど貴重な話がいっぱい聞けた。(手は動かしながら)

昔のことを話す母はどこか楽しそうで、そんな母を見ると、私も多少効率が悪くてもいいや・・・と思っちゃうのだった。

窓からはキンモクセイの香りと秋の風。

なんとも穏やかな午後となった。

書類や本を詰めた段ボールを運び出す時、「今度は少しお台所も断捨離してみるわ」と母。

うん、是非そうしてください。(台所も大変そうだ・・・)

 

実家の断捨離を始め、自宅にゴミを持ち帰る日が続いた。

自宅のカーポートでしっかり分別し、自己搬入の日まで保管する。

それを見ていた夫に、火が付いた。

「今度の日曜、俺も書斎を片づけるわ」と言いだしたのだ、自主的に

説明しよう、我が家の書斎とは、寝室と一続きになった3畳ほどのスペース。

扉がないので、中は丸見え。

以前、夫婦でこの書斎を片づけたことがある。

あれはいつだったかな、確かブログにも書いたけれど・・・と、検索してびっくり。

なんと2015年の10月10日。奇しくも6年前の同じ日だった。

魔窟の断捨離

魔窟の断捨離・途中経過

魔窟の断捨離(まだ終わっていなかった)

読み返してみて、改めて頑張ったあの日を思い出した。

「捨てたくない」という本音に向き合った上で、あえて痛みを引き受けた夫。

ブログがなければ、とっくに忘れてしまっていた心模様が、ありありとよみがえる。

いいな、ブログって。

さて断捨離をしたとはいうものの、6年も経てばまたぞろモノは増えている。

断捨離は1回して終わりというものではない。

繰り返し、繰り返し、新陳代謝を促して、死ぬまで続く。

だって生きている限り、モノは入ってくるからね。

 

日曜日の朝、よし!というかけ声と共に、6年ぶりの書斎の断捨離が始まった。

天井まである作り付けの本棚の3分の2は夫、残り3分の1は私が使っている。

それぞれ自分の場所を片づける暗黙の了解があるはずなのに、夫が「それは要らないんじゃない?」とか「それは処分すれば?」と私の領域にいちいち口を出してくる。

「いいから、あなたは自分の物だけ見てて!」

でも、その気持ち、実は分からないでもない。

だって人のモノを捨てるのは簡単なんだもの。

思い入れも執着もないから、さっさと捨てられる。

そして、人のモノほどゴミに見えるのもまた事実。😅

そうやって小競り合いを繰り返しながら、二人して片づける。

10月だというのに、折しも30度のド晴天。汗だくだ。

たった3畳ほどのスペースにどうしてこんなにゴミがあるのかしら。

毎回、びっくりするよねーーー。

そうして出てきたゴミの総量は、段ボール箱4箱と45リットルゴミ袋3個。

断捨離

その後、私の実家へさらなるゴミの引き取りに行った。

夫の車は大きいので、いっぱい積めて便利だな。

かくして秋晴れの日曜日は労働の1日となった。

夜、ビールを飲みながら、「あー、今日は有意義だった」と言う夫に無条件で同意。

これまで母と一緒に片づけたし、夫と一緒に片づけたし、娘とも一緒に片づけた。

残るは息子と一緒に片づけだけど。

これは私が生きてる間には無理っぽいなぁ・・・。

 

では、これから埋立場へ行って参ります!

 

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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