人には感情報酬が必要だ。
与えるばかりだと、心が枯れてしまう。
見返りを求めているわけではない。
貢献したいという強い想いもある。
自分のできることで役に立ちたい・・・。
そんな純粋な気持ちは真実でも、肉体を持つ人間のこと、なんの報酬もなければやがて疲れ果てる。
ここでいう報酬は、金銭ではない。
金銭は労働に対する正当な対価だ。
だが、その上に私たちは感情報酬まで求めるのだから、人とはややこしい生き物だね。
こんなことがあった。
夫はある小学校の校医をしているのだが、先日の会議に出席した際、帰りがけに校長先生に呼び止められた。
「先生、コロナワクチンのキャンセル待ちに、声をかけてくださって、ありがとうございました。」
covid19ワクチンの一般接種が始まったのは、5月中頃だった。
先行した医療従事者の次は高齢者ということで、働き盛りの世代は待つように言われた。
ファイザー社のワクチンは6人分が1本のバイアルに入っているので、接種予約は6の倍数で受ける。
いったん希釈したワクチンは、翌日まで持ち越しできない。
当初はワクチンの供給が十分ではなく、1人分たりとも無駄にはできなかった。
そこでキャンセル待ちリストというものを作ることに。
当日、体調不良やドタキャンでワクチンが余った場合に、すぐに来てもらってワクチンを打てる人のリストだ。
学校の先生や高齢者と障害者施設の職員、また障害や持病のある方には、かなり早い段階から接種券が届いていたが、予約はプラチナチケット並の高嶺の花だった。
毎日、何百人もの児童と接する学校の先生方。
ひじょうにリスクが高いお仕事だ。
そこで夫は、クリニックのキャンセル待ちリストにこの小学校の先生方を加えた。
5月下旬のことだった。
ところが!
キャンセルが出ない。
みんな必死だった。
これを逃したら、次はいつ予約が取れるのか分からない。
多少の体調不良を押してでも、接種を希望してやってくる。
そうこうしているうちに自治体の大規模接種も始まり、ワクチンがやっと行き渡り始めた。
結局、先生方に打ってさしあげる機会は、一度も訪れなかった。
「いやいや、こちらこそ。お役に立てなくて。」
「いいえ、先生。あの時、私たちに声をかけてくださったことが、どれだけ嬉しかったか。
気にかけてくれる人がいる、心配してくれる人がいる、それだけでとても勇気づけられました。
職員はみんな、先生の愛を感じましたよ。」
この話を聞いて、私が泣いてしまった。
だって・・・、夫も私もスタッフも、コロナ対応のために、労力や時間やエネルギーを限界以上に提供してきた。
熱発対応、PCR検査、ワクチン予約&接種と次から次へと行政から依頼が来て、通常業務をこなしながらのエクストラに、いっぱいいっぱいだった。
ワクチンが出てくる前は、常に感染の不安と隣り合わせで、ずっと気が張り詰めていた。
規模の大小にかかわらず、どこの医療機関も事情は同じだと思う。
平日では対応しきれず、休日を接種にあてたり、大規模接種会場へ出向したりもした。
もちろん無償ではない。
きちんと報酬はでる。
だけど予約が取れない人に窓口で怒鳴られたり、エグい報酬をもらっているんだから当然だと言われたり、頑張っているのに心はどんどん萎れていった。
殺気だった忙しさの中では、お互いを思いやる余裕もなくなるし。
報われないなぁ・・・。
どこかでそう感じていたので、校長先生の言葉が胸に沁みて沁みて沁みて。
分かってくれている人もいたんだ・・・。
私が直接言われたわけでもないのに、涙が止まらなかった。
校長先生がくれた”ありがとう”は、まぎれもなく感情報酬だ。
そう、感情報酬とは、そんなに大仰なことではない。
心からのありがとう・・・、それで十分なのだ。
たった一言が、誰かを泣かせるほど勇気づけるとしたら・・・。
あなたのありがとう、今日、伝えてみたらいいと思うんだけど。
こういう報酬もウェルカム💕