小学3年生くらいの頃、可愛がっていた犬がいた。
薄汚れた白い野良犬で、私はシロと名前をつけた。
当時、延岡市に拠点を置く企業の社宅に住んでいた。
一軒家の社宅が200棟ほどあり、その全てが庭付きだった。
広い庭で犬を飼っているお宅も多く、動物が大好きだった私は、うちにも犬がいたらいいなぁと思っていた。
そんな時、ふらっと現れて、社宅に住みついたシロ。
飼って欲しいと頼んだが、うちは転勤族だから駄目だと一蹴された。
でもシロは私が学校から帰ってくるのを、植え込みに隠れて待っていてくれるようになった。
私の姿を見つけると、飛び出してきて歓迎してくれた。
担任の目を盗み、ランドセルにねじ込んだ給食のパンを、嬉しそうに食べるシロ。
尻尾をブンブン降って、顔をペロペロしてくるシロが可愛くてたまらなかった。
私を…私だけを待っていてくれるシロ。
空気を読まない私はいつも浮いていて、友達もいなかったため、シロが心の拠り所だった。
だがある日、社宅のおばさんたちが、野良犬が住み着いて危険だ!…と騒ぎだした。
シロを捕まえて保健所に連れていくと言う。
おばさんたちは、大勢でシロを追いかけまわしたが、俊敏なシロが捕まるわけがない。
ざまーみろと高見の見物をしていた私に、おばさんの一人が白羽の矢を立てた。
仲良しの私が呼べば、シロは来るというわけだ。
冗談じゃない。
小学3年生でも、野良犬が保健所に行けばどうなるかぐらい知っている。
絶対にそんなことはできない。
だが、おばさん軍団は私をぐるりと取り囲み、「さあ!」と迫ってくる。
逃げ場がない。
輪の端っこに、母がいた。
私は必死で目で訴えた。
お母さん、シロはうちで飼いますって言って。シロを助けて!私に友達を売るようなマネをさせないで。お願い、お母さん!
でも私の声は母には届かなかったようだ。
「はやく捕まえなさい。」
子どもの私は、なんて無力なんだろう…。
大人たちのプレッシャーに、10歳そこそこの私がどうして太刀打ちできようか。
絶望に打ちひしがれて、私は呼んだ。
「…シロ。」
私は大事な大事な親友を裏切った。
私ではなく、おばさんたちの側についた母。
今なら分かる。社宅という特殊な環境で、妻たちの間にも上下関係があったはず。
この社会でにらまれたら、生きてはいけない。
上司の奥さんの不興を買えば、夫が不利益を被るかもしれない。(…まさかね)
たかが野良犬のために、危ない橋は渡れない。
母の脳裏をよぎったのは、そんなことだろうか…。
でも私は、あの時、お母さんに味方をして欲しかったよ。
シロを守れなかった忸怩たる敗北から約30年、我が家にロッキーがやってきた。
長野で生まれたロッキーは、大切に育てられ、丸々と太った健康な仔犬だった。
長男が小学3年生、長女が1年生。
私がシロと一緒にいたのと、同じくらいの年だ。
ロッキーと子どもたちは、一緒に成長した。
子どもたちもロッキーを可愛がったけれど、ロッキーもそれ以上にたくさんの温もりや癒しを与えてくれた。
親に叱られて泣いた時も、友達とけんかして凹んだ時も、自分が原因で試合に負けた時も、イライラが止められない反抗期の時も、受験のプレッシャーに押しつぶされそうな時も、ロッキーはいつも子どもたちのそばにいた。
ロッキーの首っ玉に顔をうずめている姿を、何度見たことか。
そして私も、子育てに迷い、毎日泣いていた時代があった。
家族を学校や仕事に送り出してから、ロッキー相手に延々と愚痴った。
分かっているのか、いないのか…。
寝そべったまま、私の愚痴をずっと聞いてくれたロッキー。
ただそこに居てくれるだけで、私はどれほど慰められただろう。
家族が全員帰宅するまで、ロッキーはいつもリビングと玄関の中間に陣取って、群れのメンバー全員が揃うのを待っていた。
そうやって待っている後ろ姿が、シロに重なった。
私が学校から帰ってくるのを待っていてくれたシロ…。
もしかして、お前はシロなの?
生まれ変わって、あの時の裏切りを、もういいんだよ…って赦しにきてくれたの?
映画「僕のワンダフル・ライフ」を観た時、そうなんじゃないかなと思った。
輪廻転生があってもなくてもいい。
ただ私は、シロがもう一度、今度はコーギーの姿で戻ってきてくれた…と信じたい。