人はみな、人生の課題(テーマ)を持って生まれてくる

「個性化」とは、元々はユング心理学の用語。

人はみな、生まれながらに人生の課題(テーマ)を持っている。

その課題に取り組むこと、理想に近づくことを、ユング心理学では個性化と呼ぶ。

耳慣れない言葉ではあるが、…最近の私は、毎日のように、個性化について考えている。

…というのも、齊藤つうり氏が主宰するBuddha Programに参加して、自己認識と仕事の在り方について学んでいるから。

これがなかなか奥深い探求で、半年以上経った今でも、自分が何を学んでいるのかすら、よく分からない。

だって分かった時は、分かっていない時…なんて、禅問答みたいなことを言われるのだから。

何の先入観も持たずに生まれてきた赤ん坊は、成長するにしたがって、様々な仮面をつける。

それは一重に庇護者に気に入られて、衣食住を与えてもらい、守ってもらうため。

生きぬくための知恵なのだ。

仮面

仮面は年を重ねるにつれて、どんどん増える。

親に見せる顔、祖父母に見せる顔、兄弟に見せる顔、先生に見せる顔、友達に見せる顔、先輩に見せる顔、同僚に見せる顔、上司に見せる顔、恋人に見せる顔、ライバルに見せる顔…。

たくさんの仮面を使い分けているうちに、やがて本来の自分が分からなくなる。

仮面をつける前の自分は、いったいどんな人間だったのか…。

何が好きで、どこに行きたくて、誰と一緒にいたくて、何を学びたくて、何を達成したくて、誰を愛したいのか、自分のことなのによく分からない。

そしてよく分からないのに、多分、自分はこういうことがしたいのだろう…と、何かをやってみるが、ターゲットに近いように思えるのに、微妙にずれていて、今一つ情熱を注ぎこめずに惑う。

そうだよね、まずその仮面を外して、自分を理解しなければ、本当に欲しい未来は選べない。

人は自分のテーマに沿った道からずれていると、いくら社会的成功を収めても、なにか足りないと感じるらしい。

それは本当に欲しいものじゃないから、心からの満足は得られない…。

自己認識

じゃ、自分のテーマってなによ?

生まれた時は知っていたけれど、成長過程でころっと忘れてしまった、そのテーマとは?

テーマを見出すためには、社会性をつけたのとは逆のプロセスをたどり、仮面をひとつずつ外して、自分の本質を知らなければならない。

社会に適応する前、親の観念を刷り込まれる前、私は何を歓び、何に幸せを感じ、何に安らいでいたのか?

本来持っていた性質は、どんな仮面をつけようとも、変わることはない。

ずっとそこにいたのに、出てくるなよ!…と押さえつけられていた本質。

でも私たちは、無意識の領域でちゃんと知っているのだ。

本当の自分を抑え込んでいるから、こんなにも生き辛いのだ…と。

捉えどころのない話だし、言葉で説明するのはさらに難しいけれど、書くことで私の中でも少しは整理ができるかもしれない。

ブログに書くことは勇気がいるが、少しずつ綴っていこうと思う。

 

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
詳しいプロフィールはこちら。