AIやロボットに仕事を任せたら、人間は何を仕事にすればいいのか?

自灯明 法灯明。

これはブッダの最後の言葉。

今わの際に、弟子たちに残したと言われる。

自灯明・法灯明とは?

法灯明とは、真理を頼りに生きなさいということ。

対して自灯明は、自分自身を頼りにして生きなさい。

他人にもたれかかるのではなく、自分の頭で考え、自分の足で立ち、自分の心で判断する。

つまり他人に舵を預けるな。

自分の人生の操縦席には、自分が座れ…と。

そう、それは自分軸。

Buddha Program主宰の齋藤つうり氏は、こう言い換える。

『自らの神聖さをあなたのガイドとしなさい。

それは宇宙の理そのものなのだから』

自灯明

神聖さとは、すなわち自分を知ろうとする力だ。

自分のことを理解したい…、その欲求は10代の頃からあった。

さすがにティーン時代は、青臭い理想やきれいごとを並べていたが、自分を知りたいとはずっと思っていた。

なぜ私は、こんな反応をするのか。

なぜ私は、こんなことがすごくイヤなのか。

なぜ私は、こんなことに傷つくのか。

なぜ私は、瑞々しい感情が希薄で、生きている実感が薄いのか。

なぜ私は、こんなにも迷うのか。

私が生まれてきた意味はなんなんだ。

この人生で何を知り、何を体験し、何を成し遂げたいのか。

…ずっとずっと答えを知りたかった。

たどりついたのが個性化、そして弥勒力。

経済発展の果てに得たものは…

弥勒の時代とは、あくせく働かなくても餓える人がいない世の中。

働かなくても…って、働くことって、仕事って、いったい何なんだ?

『仕事』は、人の暮らしの大きな部分を占め、時代とともに移り変わってきた。

狩猟採取の時代、人はもっと効率的に食べ物を得ようと、農耕を始めた。

農耕は一人ではできない。ひとつの目的のために、みんなが協力する。

やがて人数が増え、分業が誕生。

それまでは信頼で成り立っていた社会だが、労働や物に対価が発生するようになる。

貨幣の仕組みが生まれると、人々はより多くの貨幣を得ること、増やすこと、奪うことに傾倒していく。

現代はその延長線上にある。

私たちの経済とは、稼ぎ、増やし、奪うこと。

もっともっともっとと、飽くなき所有欲求。

その欲求を満たすため、身をすり減らして、大事な人やモノを犠牲にして、クタクタになるまで働いている。

もっとたくさん。

もっといろいろ。

あの人に負けないように。

勝ち組・負け組、ブラック企業、働き方改革…。

お金

弥勒の時代がやってくる

だけど、こんな時代は間もなく終わりを迎える。

ガツガツ稼がなくても、誰も餓えない時代がやってくる。

それを可能にしてくれるのが、IT、AI、ロボット技術に遺伝子組み換え。

これまで人が担っていたことを、AIやロボットが肩代わりしてくれる日が、もうそこまできている。

では、労働を免除された人間は、一体何を『仕事』としたらいいのか?

これからの時代、人ができることはひとつだけ。

外に向けていた目を内側に転じ、なれる最高の自分を、自分の個性化を、自分の内側を、ただ表現していくことだけ。

自由

それはもしかしたら、経済活動から切り離されていることかもしれない。

…現在の基準では、価値のないこととみなされる。

だがお金にならなければ無価値という観念は、やがて消える。

価値を計る単位がお金ではなくなるから。

いや、そもそも価値を計ることすら無意味になる。

お金になろうとなるまいと、人に認められようと、認められまいと、ただただ自己を表現する。

人のためではなく、己のために。

そうすると、内側から出しているのに、その内側が満たされて、何か足りないとか、何か欠けているとか、なにか虚しいとかが解消され、ただただ毎日がしあわせ…。

そして競う必要がないから、諍いがなくなる。…平和な世界。

そんな日が、もうすぐそこまで迫っている。

 

この記事を書いた人

Chikako

Chikako

金沢市在住。バラとコーヒーとコーギーが好き。
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