パソコン画面に見入っていた医師は、おもむろに顔を上げた。
照明を落としているので、表情はよく分からない。
だけど、なんて深刻そうなの。
これから病名を告知されるのだ。
一抹の不安がわき上がる。
検査画像が並ぶ画面をこちらに向け、意を決したように医師は口を開く。
「しょうしたいはくりですね。」
「しょ、焼死体?」
チャチャチャーーーン、チャチャチャラーーーン♪(火サスの音楽)
しょうしたいはくりとは?
しょうしたいは、焼死体ではなく、硝子体と書く。
眼球の大部分を占めるゼリー状の組織だ。
硝子体剥離とは、硝子体が縮んだり、液状化したりして、目の内側の網膜から剥がれてしまう状態を言う。
硝子体剥離は生理的変化
硝子体剥離自体は、加齢による生理的変化なので、特に問題はない。
ただ硝子体に引っ張られて、網膜に亀裂が入ることがある。
そうなると、亀裂から液体成分が漏れ出して、網膜剥離に繋がる危険性が生じる。
朝起きたら、目の中でツケマツゲが踊っていた!
ある朝、目覚めたら、右目がおかしかった。
ツケマツゲのような形状の物が、目の中でくるくる回っていた。
色は薄いので、鳥の羽毛のようにも見える。
痛みはないが、とにかく鬱陶しい。
最初、まつげにゴミがついているのだと思った。
だが洗っても、拭っても、ツケマツゲは踊り続ける。
午後になると、小さな二重丸の点々が、下から上へ噴き上がるのが見えるようになった。
いったんフワッと吹き上がると、ゆっくり下りてくる。
まるでスノードームのようだ。
これは病院に行くレベルだ…と、翌日、眼科を受診して、上記のような告知を受けることと相成った。
まずは検査・検査・検査
受付の後、視力検査の部屋に呼ばれ、コンタクト処方と同じような検査を受ける。
視力や乱視のチェックだろう。
それから散瞳剤という、瞳孔を開く目薬をさす。
通常、20分ほどで、瞳孔が広がる。(生きていても!)
昼間なのに夜の目になるのだから、まぶしくて仕方がない。
これは瞳孔を開いて、目の内部を見やすくするための処置。
5時間もすれば、薬の効果が切れて、元にもどる。
診察
瞳孔が広がりきった状態で、診察スタート。
問診の後、電気を消して、先生が瞳孔から目の内部を診る。
ライトを掲げ、上を見て、左上、左、もっとグッと見て、左下、下…と目をぐるっと一周。
これを3回もやった。すごく丁寧な診察だ。
眼圧のチェックと眼底の撮影もする。
診断
そして上記のような告知となったわけだ。
目の中でダンスをしているツケマツゲは、剥離の際にはがれおちたゴミみたいなもの。
新陳代謝されないゴミ。
…ということは、つまり吸収も排泄もされないらしい。
ただ常に動いているので、視界に入らない場所に行ってしまえば、見えなくなる。
噴水のような二重丸の点々は、血液の粒。
網膜に細い亀裂があって、出血した跡があった。
この出血が一度限りのものか、ダラダラ続くのかを、見極めなければならない。
治療
特にできることはない。
消毒も目薬もなし。
踊るツケマツゲが完全になくなることはないが、小さくはなるだろうし、常に視界に入っているわけでもないので、まあ、付き合っていくしかないとのこと。
網膜剥離に進行するようであれば、手術などの治療が必要になるので、2週間の経過観察をすることになった。
自宅までは5分のドライブだが、まぶしすぎて片目をつぶった状態で運転して帰る。(危ない…)
左は小さいのに、右が大きい瞳孔を見て、こんな風になるんだ…と、娘が面白がっていた。
結果
2週間後に再受診して、また瞳孔を開いて検査をしたが、問題の亀裂からの出血は認められなかった。
ツケマツゲは、かなり薄く小さくなって、気にはなるけれど、我慢できるレベル。
これで終診。つまりもう来なくていいよということ。
処置は何もしていないけれど、大丈夫ですよ…と医師に言ってもらうだけで、安心する。
目は大切に
中学生の頃から眼鏡をかけていて、眼科とは長い付き合いだけれど、硝子体なんて言葉は初めて聞いた。
飛蚊症とも無縁ではない年齢になってきたし、目のことについて、ちょっと詳しくなれたのは、収穫だった。
心の窓なんだから、大事にしないとね。