12月25日まで、1日ひとつずつ、アドベントカレンダーよろしく、幸せの種を数えています。
December 11
面白い本に出会うと、すごく嬉しい。
私はたいてい寝る前に読むのだが、化粧を落として、寝間着に着替え、寝る準備をする間もウキウキするような本。
翌日のことも考えると、一気読みはできないけれど、本を閉じるのが惜しく感じられる、そんな本。
村山早紀さんの桜風堂ものがたりを手に取ったのは、いつだったのか覚えていない。
きれいな表紙に惹かれて買って、そのまま本棚で眠っていたものと思われる。
本棚の整理をしている時に、あ、こんな本があった!・・・と読んでみたら、これが大当たりだった。
桜風堂ものがたりのストーリー
これは1人の書店員のものがたり。
物静かで控えめ、積極的に人とは関わらない、でも本が好きで、書店員の仕事が好きで、仕事に誇りを持っている青年、月原一整。
学生時代のバイトから数えると、もう10年、駅前デパートの中の銀河堂書店で働いている。
担当は文庫。
書店員はそれぞれ担当の棚を、自分の感性でディスプレイする。
売れそうな本、売りたい本、推したい本・・・、様々な想いをもって棚を作る。
書店の棚には、書店員の個性が表れるという。
ある日、中学生が万引きをした。
逃げる万引き犯を追いかける一整。
だが運悪く、外に飛び出した中学生は、交通事故に遭う。
やがて同級生に脅されて嫌々万引きをした事実が明らかになり、両親が全額弁済したことも報道される。
・・・だがコトはそこで終わらなかった。
事故に遭うまで中学生を追いつめた冷酷な書店員と、一整がネットで叩かれ始めたのだ。
一整の姿を隠し撮りして、ネットでさらす輩まで。
店やデパートにもクレームの電話が鳴り響き、一整は店を辞めた。
ずっと書店員としてやってきた。
書店員以外の仕事を知らない。
書店員が天職だと思っている。
だが全国的に名前が知れてしまった一整を、あえて雇う本屋はないだろう。
失意の中、ひょんなことから預かった白いオウムを連れて、一整は旅に出る。
春は桜に埋もれるという、山間の小さな街。
そこにかねてからブログを通じて交流していた桜風堂書店がある。
一整は、店主を訪ねることにした。
そこで出会ったのは・・・。
登場人物のキャラが立っている
一整はもちろんのこと、彼以外の登場人物の心情や背景が、丁寧に語られる。
書店員仲間の苑絵と渚砂、柳田店長に桜風堂の店主とその孫。
個性豊かな人々が幾重にも、影になり日向になりして、一整の日常にかかわってくる。
それ以外にも、出版社の営業・大野や、副店長の塚本、長く会っていない従兄弟の純也、作家の団重彦からパートのおばさんたちまで、いい味を出している。
共通しているのは、みなが自分のできることで、一整の力になりたいと切望していること。
だから一整が推していた、団重彦の【四月の魚】を、彼の代わりに大々的に売ろうと、実に多くの人が立ち上がり、手を取り合ったのだ。
本の流通のからくり
私たちは普段、本がどのように流通しているのかを考えることはない。
野菜や衣類とは違い、本は取次店から書店に送られてくる。
一定期間、書店に置き、売れない本は、また取次店に返す。
つまり本屋さんにある本は、取次店からの借り物なのだ。
(だから万引きされると、借り物が紛失したことになり、弁償しなければならない)
毎日、毎日、途方もない数の新刊が世に出る。
とても良い本であったとしても、その数の多さにまぎれて、そのまま消えていく本も多い。
本が売れるかどうかは、運に左右されることも大きい。
だが、書店員が仕掛けることもできるのだ。
ひとつの本屋から始まったキャンペーンが、ベストセラーを生み出すこともある。
一整は、初版1万部にも満たない「四月の魚」をそんな本にしたいと考えていた。
「四月の魚」が泳ぎ出す
桜風堂ものがたりは、370ページにも及ぶ長い小説。
だがそれだけのページ数をかけて、たくさんの人の事情や想いが、「四月の魚」を売れる本にしたい・・・という共通の目的へと集約されていく。
「涙は流れるかもしれない。けれど悲しい涙ではありません。」
本の帯の言葉に、本当にそうだよなぁ・・・と、納得する。
序盤、一整の不遇が描かれるが、まるで「宝島」のようにオウムと旅をして、桜の街にたどり着き、そこでまた新たな居場所を構築していく、そして離れていても自分を大切に想ってくれる人々の優しさに心を開いていく、これはそんな暖かいものがたり。
読後感がいい。
心にぽっと灯がともる。
人の優しさや懐の深さや思いやりに、人間っていいな・・・と改めて思わされる小説だ。
始まりと終わりが子猫の視点なのも、かわいい。