タイトルの【キネマの神様】に既視感を覚えた。
ん?どこかで聞いたタイトル・・・。
そうそう、大好きな原田マハさんの同名小説だ。
小説が映画化されたのかなと思いつつ、予告編を観たら、ちょっと違うような気もする。
だって小説は、主人公のギャンブル狂いの父親が、ひょんなことから映画評を書き始め、それが大人気となり、英訳までされて、海の向こうの評論家と一騎打ちするストーリー。
でも映画では、主人公は父親の方で、彼はやっぱりギャンブル狂いだが、昔取った杵柄で脚本を書き、それが入賞して・・・というお話。
設定や大まかな流れに共通点はあるが、なんだか腑に落ちない。
だが調べてみたら、原作はやはり原田マハさんだった。
あ・・・、私の既視感、間違ってなかった。
キネマの神様のストーリー
ゴウこと丸山郷直(沢田研二)は80代。
ギャンブルと酒が大好きで、借金を繰り返しては、家族に迷惑をかける。
娘の歩(寺島しのぶ)に、「もうヤミ金には手を出さないって約束したじゃない!」と詰め寄られても、「だってギャンブルは生きがいだから・・・」とヘラヘラかわす。
業を煮やした歩は、父親のカードと通帳を取り上げる。
「金がなくて、何をしろって言うんだ!」
「お父さんには映画があるじゃない!」
そう、ゴウは根っからの映画人。
若い頃は、松竹の撮影所で働いていて、いつかは自分の脚本で映画を撮ることを夢見ていた。
だが初の監督作品も、撮影がうまくいかず、途中で投げ出すはめに。
場面は夢を目指していた若い頃と、酒浸りの現在をいったりきたりする。
昭和の色合いと香りの中に浮かび上がるのは、妻・淑子との出会い、テラシンとの友情、映画作りの情熱、青春の日々。
そして令和の情勢と空気感をまとって描かれるのは、忘れてしまった映画への想い、孫との不器用な連携、家族との軋轢、変わらぬテラシンとの友情。
ゴウはただのダメ親父として、家族や友人に心痛を与え続けて終わるのか、それとも・・・。
キャストが豪華
年を取ったとはいえ、沢田研二は往年の大スター。
そのジュリーが情けない老人を演じるギャップといったら!
そして若き日のゴウは菅田将暉。
目をキラキラさせて、カチンコを鳴らす青年。
ナイーブで、調子がよくて、こらえ性がない。
苦しいことからは、すぐ逃げようとする。
だけどそんなゴウのことが好きでたまらないのが、撮影所の近くにある食堂の看板娘・淑子。
はじけるような笑顔の永野芽郁が眩しい。
昭和のダサい服装も(オレンジの花柄ブラウスに水色のカーディガンとか)、その愛らしさを際立たせている。
80代の淑子を演じるのは、宮本信子。
「あんな男と、なんで離婚しないのよ!」と詰問する娘に、「離婚しようと何度も思ったわよ。でも・・・」と煮え切らない。
安定の演技力で、どうしようもないダメ男に、つい手を差し伸べてしまう健気な妻を演じる。
半分愛想を尽かしつつ、でも嫌いになれない心情がにじみ出る。
もうさすがの宮本信子と言うしかない!
ゴウの親友・テラシンに扮するのは、小林稔侍。
見ているこっちが、キーーーーッとなりそうなほど、人がいい。
振り回されて、迷惑をかけられても、いいよ、いいよと受け入れてしまう懐の深さ。
小林稔侍のくしゃっとした笑顔に、ほっこりする。
松竹の女優・桂園子は、北川景子。
モノクロ映画時代の昭和っぽい演技が光る。
ちょっと大げさで、ちょっと芝居がかっていて、とってもチャーミングだ。
ゴウの脚本よろしく、スクリーンから出てくるシーンが美しい。
志村けんさんがキャスティングされていた
松竹映画は、会社設立と蒲田撮影所の開所から、2020年でちょうど100年。
【キネマの神様】は、100周年を記念して制作された。
山田洋次監督がメガホンを握り、主演のゴウは・・・志村けんさんが演じるはずだった。
志村さんにとっては、初の主演映画、本人も並々ならぬ意気込みを見せていたとは、事務所談。
だがクランクインを前にして、志村さんは天国へ行ってしまった。
志村けんのゴウ、見てみたかったのは私だけではないだろう。
周囲をやきもきさせながらも、なぜか憎めない最高のダメ親父っぷりを、披露してくれたことと思う。
後を継いだ沢田研二とは、一緒にひげダンスを踊った仲。
追悼の意味でも、なんて粋なキャスティング。
『俺のほうがいい味出すけど、アイツだったら、まあ、いいか・・・』と志村さんも言うような気がする。
Chikakoの感想
見終わったとき、ああ、明日からもがんばろ!・・・と思える映画が好きだ。
山田洋次監督だから、そこは抜かりない。
こんな人がそばにいるだけでも、イライラするのに、それが家族や近しい人だったら、どんなにストレスがたまるだろう。
散々迷惑をかけても、自分勝手な言い訳を繰り返し、反省もしなければ、行動を改めることもしないゴウ。
他人ならば、縁を切ることもできるけれど、家族だから、友人だから、仕方ないなぁと尻拭いをしてやる。
文句を言いながらも、みんな、ゴウを見捨てることができないのだ。
ダメなやつなんだけど、なぜか愛されちゃうゴウ。
たまにいるよね、こんな人。
好き勝手やって、派手な失敗もするのに、不思議とみんなが受け入れちゃう人。
その愛されエッセンスの秘密、知りたいな。
孫の提案で、リライトしたゴウの脚本は、大きな賞を受賞する。
有頂天になってどんちゃん騒ぎを繰り返すゴウは、晴れ舞台の授賞式に出られない。
不摂生がたたって、入院しちゃったから。
代理で出席した娘・歩が、ゴウのスピーチを代読する。
泣けちゃって最後まで読めなかったそのスピーチは、妻へのメッセージだった。
間もなく人生の終わりを迎える老境の2人。
そのたどってきた紆余曲折の道。
いいことばかりじゃなかったけれど・・・。
最後の場面は、テラシンの映画館。
モノクロの古い映画がかかっている。
主演は、桂園子。
スクリーンの仲から、園子がゴウを呼ぶ。
「ゴウちゃん、いらっしゃいよ。」