人間の心は奥深い。
何層にも別れていて、とても複雑。
表面からでは、その奥がどうなっているのか、とても推し量れない。
朗らかで、穏やかで、問題がないように見える人ほど、根深いものが巣くっているケースは多い。
そういう人たちは、隠すのがとても上手なんだよね。
過去の傷やトラウマを、一分の隙もなく覆い隠して笑っている。
だからよけいにこじれるし、猜疑心がとてつもなく強くなるし、問題が長引く。
幾重にも鎧を着て自分を守っているから、人の言葉が素直に入らない。
人の愛情や真心を、素直に受け取れない。
優しさもいたわりも、跳ね返してしまう。
そんなものを自分に与えてくれる人はいないと、頑なに頑なに頑なに信じ続ける。
大切に思っている、気にかけている、貴方のしあわせを願っているとどんなに伝えても、それは虚しく漂い届かない。
おそらく頭では理解しているのだろう。
この世界には好意を持ってくれる人もいるけれど、敵意を向けてくる人もいると。
そしてそれ以外のその他大勢は、ただ淡々とそれぞれの人生を生きているだけで、敵とか味方とか考えてもいないのだ…と。
自分が自分を受け入れて愛すること、今のうがった見方を手放すことが、遠回りに見えて、一番早い解決方法だ…と。
でも感情が同意しないんだよね。
彼らは「信じられない」と言う。
人の愛情や誠実が自分に向けられるとは信じられない…。
自分にはそんな価値がない…。
そして永遠にも思える堂々めぐりにどっぷりとはまり込む。
愛されたいのに!
愛されたいのに、愛されていることを信じられない。
なんという悲劇だろうか。
欲しいものは目の前にあるのに。
手を伸ばして受け取ればいいだけなのに、そんなはずはないと自分で打ち消す。
その泥沼から抜け出したい?
ならば、そう自分で決めないとね。
いつまでも拗ねてないで、前を向いて歩き出す…と自分で決めないとね。
この毒にしかならない考え方の癖を手放すと、自分で決めないとね。
決めたのなら、もう振り向いてはいけない。
長年囚われてきた癖だから、すぐ元に戻りたくなるけれど、もうそこには戻らない!…と強い意志を持って踏ん張らないといけない。
心理の研究は進んでいる。
考え方の癖を手放すための手法は、いくつも開発されている。
でもなによりも必要なのは、こんな辛い堂々めぐりはもう辞める…という貴方自身の決意。